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第13話
しおりを挟むクリスがどういう半分はげにされたのかはさておき、マリーにはもう一つ納得できていない事があった。
「ノエル……ちょっと伸びすぎじゃないかしら」
それは他でもない、ノエルの髪の長さについてだ。
調べてもわからない、聞いてもはぐらかされる、気のせいだと言われてしまう。でも気のせいではない。マリーは切った髪をもらえるので助かっているが、もやもやが残ったままなのは気になって仕方がないのだ。
クリスへのお仕置きを済ませ、いつものようにマリーの家で寛いでいたノエルに問いかけると、彼は思い出したように頷いた。
「そういえば止めるのを忘れていたな」
「……? 止める?」
ノエルがぽつりと呟いた言葉を反復する。ソファの隣に座っていたノエルが振り向くと、整った顔に苦笑いが浮かんだ。
「俺の髪が伸びるのが早いのは、そういう魔法を掛けてあるからなんだ」
「え、魔法……? なんで……?」
「マリーに俺の下心を知って欲しかったから、かな」
肩に手を回され耳元に息を吹き込まれる。囁くように、歌うように、語りかけるように告げられた言葉は、マリーにとって意外なものだった。
「キャロルたちから『下心のある人は髪が伸びるのが早い』と聞いたんだろう?」
「え、……あ。う、うん……?」
ノエルから語られた言葉に、少し動揺して照れてしまう。
最初に噂を聞いたのはマリーではないし、マリーもその話を他者には話していない。あれはあくまで女の子同士の、ちょっとだけ大人な『秘密の噂話』なのだ。男性の耳にいれるような話ではない――そう認識していた。
「キャロルたちにあの話をしたのは、俺なんだ」
「え……えッ、そうなの!? な、なんで……?」
ノエルの申告にはさすがに驚いた。マリーが聞いた噂話は、てっきり女性同士の噂話だと思っていたのだ。
だが実際は違うらしい。話の出所は、なんとノエルだと言うのだ。
「その噂がマリーの耳に入れば、マリーが俺のことを意識してくれるんじゃないかと思って」
「!」
困ったように笑うノエルの表情を見て、ようやく話が繋がる。なるほど、と遅ればせながら納得してしまう。
ノエルはマリーにアプローチするきっかけを得るために『えっちな人は、普通の人より髪が伸びるのが早いらしい』という噂をマリーの友人に流した。そしてその噂になぞらえるように自らの髪をわざとに伸ばし、マリーに自分の下心を印象付けようとしたのだ。
合点がいく。髪が全部抜け落ちたと知ったノエルがさほど動じていなかったのも、魔法の効果ですぐにまた髪が生えてくることを知っていたからなのだろう。
「……マリーはもう覚えてないだろ」
ノエルがマリーの髪をくるくると弄びながら語る。いつの間に肩を抱く手が腰に移動していて、簡単には離れないように引き寄せられている。
その横顔を見上げて目が合うと、ノエルがふっと表情を崩した。
「俺は本当は全然優秀なんかじゃない。研究は好きだが、頭はかたくて融通は利かないし、性格は明るくないし、自分の仕事が人の役に立ててる実感もない。大賢者なんて呼ばれるような、出来た存在じゃないんだ」
自嘲気味に笑うノエルに、マリーはふるふると首を振った。
そんなことはない。ノエルは優秀だし、明るくなくても優しいし、彼の功績は街どころか国の皆の役に立っている。
それにノエルの高い能力は、クリスに魔法を使ったときにも感じた。他人の身体に影響を与えるような強力な魔法を、魔法陣も詠唱もなく扱えるなんて普通では考えられない。ノエルが大賢者の名に相応しい何よりの証拠だと思う。
だがノエル本人はそう感じていないらしい。ノエルの口調には小さな不安と不満が宿っていた。
「今もまだ半人前だが、昔はもっと酷かったからな。でもカレッジ生の頃から、マリーだけは俺の研究や魔法を褒めてくれた。T波動の陣構築にシルシュケロウ定理を転用する論文を褒めてくれたのも、マリーだけだった」
「えっ、あ、あの……ご、ごめんね? 全然覚えてないし、今もまったくわからないわ……?」
「ああ。マリーがわかってないことも、もちろんわかってる」
ノエルの難解な言葉を聞いて、思わず固まってしまう。過去のマリーはノエルの論文を褒めたらしいが、マリーは内容どころか褒めたことすら覚えていない。
だがノエルはそれでもいいと笑う。それすらマリーらしいと言ってくれる。
「俺の話を最後まで聞いてくれた。努力することがすごいと褒めてくれた。もっと自信を持てと笑ってくれたのが、俺にとっては救いだったんだ」
「ノエル……」
「あの頃からずっと、マリーの笑顔が見たかった。尊敬される存在になりたかった。でもマリーは俺を友人以上には見てくれなかった。……見てくれていないと思ってたんだ」
今となってはそれも勘違いだったとわかる。本当はマリーも、カレッジ生の頃からノエルに尊敬と恋心を抱いていた。ノエルに釣り合う人になれないと感じて、密かに思うだけの日々を送っていた。
「俺も男だと……マリーの恋人になれる存在だと気付いて欲しかった」
それを知らないノエルもまた、必死だった。大賢者の力が宿る髪を理由に、数か月に一度の散髪の約束を大事にしていた。もっと傍にいたいと思っても、食事にすら上手く誘えない自分が悔しかった。誘いを断られる度に、失恋した気分を味わっていた。
だから自分に虚構の魔法を掛けてまで、会う機会を増やしていた。友人を介して冗談みたいな噂話を流してでもマリーに意識して欲しかった。
「拗らせてる自覚はある」
「……ふふ」
おまけに両想いになれたことに浮かれすぎて、自分にかけた魔法を解くことを忘れていた。伸び続ける髪をマリーに心配される度に魔法の解除を思い出すのに、マリーと戯れているうちにまた忘れてしまうほど、舞い上がっていた。
「でも髪は大事にしないとだめよ、ノエル」
マリーが諭すと、ノエルが低く頷いた。もちろんマリーも、もうそんな魔法はかけないとちゃんとわかっているのだけれど。
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