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第12話
しおりを挟むクリスの思惑に気が付き、悔しさに震える。怒りが胸の奥から沸々と込み上げてくる。
その感情はクリスに向けたものではない。策謀に気付けなかった自分と、いつまで経っても成長できない不甲斐ない自分に対してだ。
ノエルの髪がなくなった原因がマリーの調合ミスではなかったことはわかったが、それでもクリスに対してもっと注意をしていれば、ノエルを傷付けることはなかったのに。
「マリーを馬鹿にしないでくれるか」
情けなさに俯いていると、再び背後から声をかけられた。はっとして顔を上げると、そこにはクリス以上に不機嫌な顔をしたノエルが立っていた。
仕事はどうしたのか、と思ったが、最近妙に張り切っているノエルは残業をしなくなったらしい。時間内にすべての仕事を終えようとして高速回転するから周りが疲れる、というのは、クリスが言っていたのだ。
爆速で仕事を終わらせ瞬足でマリーの元へやってきたノエルは、マリーとクリスのやり取りを聞いていたらしい。
「確かにマリーはちょっと抜けてるところはある。だが……」
傍に近付いてきたノエルにぐっと腕を引っ張られ、その腕の中に抱き込まれる。その拍子に竹箒を取り落としてしまったが、ノエルの真剣な眼差しを見つけるとすぐにそんなことはどうでも良くなった。
「優しい子なんだ。はげが好きだと言ってくれる」
「え、ちょっと待って。私そんなこと言ってないよ?」
ついノエルの言葉を否定してしまう。
もちろん相手がノエルならば、髪なんてあってもなくてもどちらでもいい。つるっぱげになってしまったときは思わず叫んでしまったし笑ってしまったが、見慣れればその姿も可愛いと思える。
だが『はげが好き』は語弊がある。
誤解を招く恐れしかない。
マリーはあくまで相手がノエルだから受け入れるのであって、はげている人が好きだと言った覚えは一度もない。思ってもいない。
しかしノエルにはあっさり受け流された。
「髪に魔力を蓄積できるのは周知の事実だが、それはあくまで『蓄積』の話だ」
ノエルの言葉に、クリスがぐっと言葉を詰まらせる。クリス自身、その事実に気付いていたのだろう。マリーの腕には最初からさほど期待しておらず、髪がなくなってしまう事で精神的なダメージを与えられれば良い、程度にしか考えていなかったのだ。
だから予想外だったに違いない。髪がなくなっても一切動じないどころか、マリーの奉仕に気を良くし、むしろ清々しい顔をして出勤してくるなんて。
「魔力の精製と開放は魔法使いの力量次第。お前はそんなことさえわからない奴じゃないだろう、クリス?」
「~~っ、うるさい……!」
ノエルに諭され、クリスが悔しそうに声を震わせた。彼はそのまま立ち去ろうと踵を返したが、気付いたときにはもう遅い。
大賢者ノエルは、大掛かりな魔法を使うときでさえ魔法陣も詠唱も必要としない。もはや反則とも呼んでもいいぐらいだ。音も、色も、風も、匂いも、形もないのに高難度の魔法を展開できるなんて。
「造作もないな」
ノエルの言葉と同時に、クリスがその場に崩れ落ちた。恐らく脚の筋力と感覚を奪ったのだろう。腰より上にある腕や頭や体幹は石畳の上でばたばたと藻掻いているが、腰より下の脚やお尻は麻痺してしまったようにピクリとも動かない。
「っく……クソ!」
いつも明るくて人当たりの良いクリスには珍しく、汚い言葉が口をついて出た。ノエルはそんなクリスの悪態には構わず、彼の前にしゃがみ込んでフウと息を吐く。
「悪いことをした奴は頭を丸めるものだと、古今東西相場が決まっている」
「ちょ……ノエル。それは自主的にするものよ。人から与えられる罰じゃないわ」
ノエルの言葉に青ざめたクリスが可哀想になり、一応助け舟を出してみる。
マリーにとって、クリスは完全な悪人ではない。彼には街の人に冷たく扱われていたときから優しくしてもらった恩義がある。
今にして思えば、ノエルがマリーへ向ける恋心を知っていて、それを利用するために優しくされていただけなのだろう。けれどマリーはクリスに救われていた。友人として接してくれることが嬉しかったのだ。
しかしマリーの温情はクリスには届かなかったらしい。
「ハハッ……マリーは優しいなー? さすが堅物大賢者様が惚れた相手だ」
鼻で笑われたので、クリスを擁護する気持ちは一瞬で消え去った。褒められているように見せかけて小馬鹿にした言い方に、イラッとしてしまう。
残念ながらマリーは聖人君子ではない。馬鹿にされても笑って許してあげられるほど、心は広くない。大事な人を小馬鹿にした物言いを見過ごせるほど、底抜けに優しい性格ではない。
悪いことをしたらしっかりと罰を受けるべきだと思うし、人を傷付けるならその痛みを知るべきだと思ってしまう。
目には目を。歯には歯を――そして他人の髪を粗末にしてはげさせたのなら、自分もはげるべきだ。それはもう盛大にハゲ散らかすべきだ。
「……半分にしましょう」
「は……はんぶん……っ!?」
「なるほど、そうだな……半分か」
クリスの驚愕の声を聞いたノエルは、納得したようにフム、と頷いた。
そう、半分だ。以前のクリスに対する感謝の気持ちと、他人を利用する姑息な行為を許したくない気持ちが半分ずつ。陽と陰、清と濁、温と冷――クリスには良しも悪しももらったのだから、マリーとノエルもクリスに良しと悪しを返す。折衷案というやつだ。
「前後と、上下と、左右、どれがいい?」
「ちょっと待てええぇ!? 半分って、長さの話じゃないのか!?」
どういう半分がいいのかは、選ばせてあげようと思う。せめて。
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