✕✕✕すぎる大賢者様は、○○の成長がとっても早い!

紺乃 藍

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第9話 R

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「マリー。もう気にしなくていいから」
「でも……だってノエルが……」

 マリーの失態はノエルの髪を引っこ抜いただけに留まらなかった。レシピをよく確認して、慎重に作ったつもりだったのに、完成した育毛剤はノエルの頭からすべての髪の毛を奪ってしまった。

 驚きの波が過ぎると、次にやってきたのは反省だった。半泣きで謝罪を繰り返すとノエルは許してくれたが、その次にやってきた後悔の念はまだおさまらない。ベッドの上に蹲って延々と沈み込むマリーの肩を抱き、ノエルは小さな笑みを零した。

「マリーは俺のために薬を作ってくれたんだろう?」

 ノエルに肩をさすられたので、こくりと頷く。

 確かにマリーは、ノエルのためだけに育毛薬を作った。薬の効き目があるのなら、お店で売り出せば収入になるし街の皆も喜んでくれるだろう。

 けれどそれは二の次で、育毛薬を作っているときはノエルのことしか考えていなかった。ノエルのためだけに勉強し、材料を集め、仕事の合間に試行錯誤を繰り返して作ったものだった。

「その努力が嬉しい。だからいいんだ、マリー」
「ノエル……」

 ノエルはその努力を認めてくれる。マリーの失敗も優しく受け止めてくれる。

 マリーはノエルのそんな優しさが好きだった。だから励ましてくれる彼の慰めに応じて、ちゃんと前を向かなければならない。顔を上げて隣にいたノエルと見つめ合う。

「震えるな。笑い堪えるのも止めてくれ」
「ごっ、ごめ、なさ……っ……」

 笑ってしまった。

 笑いを堪えようと思って表情に力を入れたら、全身がぷるぷると震えてしまった。

 もちろん笑うつもりはなかった。マリーは心の底から驚いて、反省して、後悔していた。しかしいざ毛髪の全てが消え去ったノエルと対峙すると、別の感情が生まれてしまう。何もない頭上に哀愁を感じてしまう。

 だがそれはマリーの思い過ごしだ。彼は元々無表情で不愛想ではあるが、暗さや陰湿さは感じられない。髪という頭部の半分以上を占める外見の個性が無くなれば、内面の人間性が如実に表れるのかもしれない。見る人によっては、何事にも動じず堂々としていて、自信があるようにも感じるだろう。

 とはいえ、今のノエルが見慣れた姿ではないのも事実だ。髪がなくなったのに堂々としているその姿を見ていると、何とも言えない気持ちが沸き起こる。ついでに、ちょっと可愛いとか思ってしまう。

「私に出来ることなら、お詫びに何でもするから」

 どうにか笑いを飲み込んで、咳払いと深呼吸を一つずつ吐き出す。改めてノエルに謝意を示すと、ノエルは少し考える仕草をしてフムと頷いた。

「じゃあ笑われて傷付いた俺を、慰めてくれ」

 シャワーを済ませたノエルと同じく、マリーもすでにネグリジェを身に着けて就寝準備を済ませている。薄い生地を撫でながらマリーの瞳をじっと見つめるノエルに、思わず視線を逸らしてしまう。

「あの、えっと……ごめんなさい」
「ん?」
「笑っちゃうから、今日はだめ」
「ひどいな……」

 直視する時間は最小限に抑えたが、また少し声が震えてしまう。

 ノエル本人には見えていないので当たり前かもしれないが、彼は髪の毛の有無を全く気にしていないように、いつも通りに振舞う。その外見の爽快さといたって真面目な表情のギャップに違和感を感じて、自分のせいだとわかっていても、どうしても笑ってしまうのだ。

 ノエルはつまらなさそうな声を出したが、怒っているわけではないようだ。ひどい、と言いつつもマリーの首筋に小さなキスを落として、ちゅ、ちゅっと吸いついてくる。

 その口付けにくすぐったさを覚えて身を捩っていると、ノエルの手がマリーの後頭部に回った。さらに、しゅるっと絹が滑る音が、耳のすぐ傍で聞こえる。

「ノエル……?」

 名前を呼ぶよりも早く、マリーの視界がふわりと暗くなった。唐突に目元に布の質感を感じて、何事かと戸惑ってしまう。

「ノ……ノエル? ……なに?」
「見たら笑うんだろ? なら見えないようにすればいい」

 ノエルに目隠しされてしまったことには、すぐに気が付いた。暗転する直前に見た色や形、瞼に触れるサテンの質感にはマリーも覚えがある。

 これはマリーが所持している髪を結ぶためのリボンだ。幅が広い濃紺のリボンは、色んな結び方をして形のアレンジを楽しむことが出来るのでマリーも気に入っている。

 いつもはドレッサーの中に収納しているが、数日前に使ったばかりなので鏡の前に置いてあった。ノエルはそれを見つけたのだろう。

 あっという間に後頭部でリボンを結ばれて戸惑ったが、ノエルは視界を覆い隠されて不安になったマリーを優しく導いてくれた。

「慰めてくれるんだろう?」

 抱き寄せられて耳元で低く囁かれると、魔法にかかったように『うん』と頷いてしまった。マリーの返答を聞いたノエルが耳元で笑う声がして、その吐息にまた身体が反応して震えてしまう。

 ノエルに導かれ、マリーは彼の股の間に跪いた。視界が覆われていて何も見えないが、すぐ傍に彼の温度と息遣いを感じる。それに熱く昂った男性の象徴も。

 グローブを外した指先に、直に触るよう誘われる。見えない状態で触れた場所は彼の手の温度よりもよっぽど熱く、マリーの指先が触れるだけでピクリと小さく反応した。

「おおき、い……のね」
「そうか?」
「え……わからないけど……。だってこれが……いつも……」

 と、言いかけて止めた。言葉にした瞬間マリーの手の中にあった塊が再度震えて跳ねたので、それ以上の言葉は言えなくなってしまった。代わりに、顔の位置を下げてそこに鼻先を近付ける。

 ノエルの肌からはマリーが作ったシトラスの石鹸の香りがする。石鹸は浴室に置いてあるので、彼も同じもので身を清めたのだろう。

 匂いをかぐだけで口の中に唾液が溜まる気がする。これはシトラスの酸味に触発された生理現象の所為だと、心の中で必死に言い訳する。

 勃ち上がったモノを手のひらで支え、先端をちろりと舐めてみる。最初は少し口付ける程度にしようと思っていたが、見えないせいで想定よりも触れた面積が広かった。そしてマリーの舌が触れた瞬間、陰茎が先ほどよりも大きく跳ねて蠢く。

 目隠しをされていて何も見えない所為か、感覚が異様に研ぎ澄まされている。色や形は正確に把握できないが、代わりに反応と触感と温度、舌で触れると味を鮮明に感じ取れる気がする。もう一度同じ場所をぺろ、と舐めると、ノエルが低く短い吐息を零した。

「これは……視覚的にかなりまずいな」
「見えないよ……?」
「マリーはそうだろうが……。余計なことしなきゃよかった……仕事中に下を向く度に思い出しそうだ」

 大賢者様が失敗を嘆いている。

 完璧に仕事をこなす研究熱心なノエルの苦悩の声を聞くと、ついいじわるしたくなってしまう。焦っている声をもっと聞きたくなってしまう。

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