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第5話
しおりを挟む朝日の気配を感じて目を覚ますと、すぐ傍にノエルの整った顔が迫っていて驚いた。
マリーはすぐに昨晩の出来事を思い出したが、恥じ入っている場合ではない。魔法府と寄宿舎は隣接しているので起きて食事を摂って顔を洗えばすぐに出勤できるが、マリーの家と魔法府はかなり離れている。のんびりしているとノエルは遅刻してしまうだろう。
「ノエル。もう起きないと、遅刻しちゃうわ」
未だ眠っているノエルの肩を揺すると、ぼんやりと開いた蒼い目と目が合った。深い眠りの底にいたノエルはまだ少し寝ぼけているようで、マリーの身体を抱き寄せながら
「……今日は休みだ」
と呟いた。
その台詞にマリーは少し驚いてしまう。
「ノエルも休む時はちゃんと休んでるのね。てっきり休日も仕事しているのかと思ってたわ」
魔法に関するあらゆる規律や法律を制定・運用し、生じた事件や問題を解決すべく奔走し、また同じ問題が起きないように検証と考察を重ね、その功績を人々の暮らしに反映させている魔法管理と研究の機関『魔法府』の主柱。大賢者と呼ばれるほどの存在は魔法府の中にも数人しか存在せず、その忙しさは想像するに容易い。
おまけにノエル自身も勉強熱心で、いつの間にか研究に深く没頭してしまうような性格だ。だから休暇も簡単には取得できないし、しないのだろうと思っていた。
わざわざ休暇を取ってくれるなんて……と感動しかけた。だがよく考えるとノエルの言葉には違和感がある。
ノエルは昨日、偶然マリーの家に来てそのまま宿泊する流れになったのだ。いつ休暇を取得すると決まったのだろう。まさか昨日ここに来る前から宿泊することが決定していたとは思えない。
「ノエル? 今日はお仕事、お休みじゃないよね?」
深い呼吸を繰り返しているノエルに問いかけると、ベッドの中で身体をゆるく抱き直された。さらに髪を梳きながら低く甘えるような声を出される。
「いや、休みだ……。取得するのは勤めてから初めてだが、俺だって休暇の連絡方法ぐらいはわかる」
「!? は、はじめて……?」
マリーの身体の匂いを確かめながらやけに嬉しそうに説明されたので、また驚いてしまう。本当に今まで休みも取らずに働き詰めだったことにも驚いたが、いつの間にか休暇の連絡をしていたことにも驚いた。そしてノエルは、突然の休暇の理由を魔法府にどう伝えているのだろう。
もはや何から突っ込めばいいのかわからないが、とりあえずノエルの遅刻の心配はしなくてもいいようだ。それは素直に安心できる。
店を開けるまではまだかなりの時間があるので、マリーももう少しだけノエルとの時間を楽しむことに決めた。
眠そうに瞬きを繰り返しつつも、マリーの身体を優しく抱いて髪を梳き続ける。ノノエルにとってはそれが楽しいらしく、表情こそあまり変わらないが、覚醒とともに機嫌が上昇しているように感じる。
マリーもその腕に大人しく抱かれながら、昨日まで長い片想いをしていたノエルの姿をじっと観察した。
室内にいる時間が多いためか、ほとんど日焼けしていない肌。蒼く美しい瞳。魔力を抑えるために着用しているグローブは今は外され、指を絡め合えばその温度を強く深く感じられる。ノエルの頭を撫でると、昨日短く切ったばかりの黒い髪がこめかみの横からサラサラと滑る。
その黒い髪をじっと見つめて、ふと気が付く。
「ノエル……なんか髪伸びてない?」
「いや? 気のせいだと思うが」
「……」
否定が早い。まだ鏡も見ていないし、触ってもいないのに『気のせいだ』と言い切った。
普通『そうか?』と疑問に思ったり、鏡を見て確認するものではないのだろうか。
ノエルの否定の早さを不思議に思う。そして髪の長さの変化に関連して、別のことも考える。
(やっぱりあの噂、本当なのかな?)
えっちな人は普通の人よりも髪が伸びるのが早い、という噂。
昨夜『俺も初めて』だと言っていたので、ノエルもマリーと同じく性体験はなかったのだろう。カレッジ卒業後すぐに魔法府に勤め、常に研究に邁進しているノエルならば、それも嘘ではなく本当の話なのだと思う。考えれば考えるほど、ノエルが下心に溢れているとは思えない。
ならば噂はただの噂という事だろうか。
と結論付けたいが、やはりノエルの髪は伸びるのが早いと思う。
ばらばらのピースを繋ぎ合わせようと考え込んでいたが、そうこうしているうちにノエルの戯れがエスカレートし始める。指先が際どいラインを辿り始めると、マリーの思考は砂糖菓子のように溶けて崩れてしまった。
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