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第11話
しおりを挟むエレベーターで二つ上の階へ上がった菜帆は、大和の家のインターフォンを押す。
「や、大和……?」
「どうぞ」
指定時間ジャストで再訪すると、大和が笑顔で出迎えてくれた。
そのまま連れていかれた先はリビングではなく、大和の部屋だった。両親は結婚記念日でディナーに行っているらしい。恐らくリビングには愛犬のマロンがいい子でお留守番しているのだろう。可愛い仔犬がくつろいで眠っているところを邪魔してしまうのは忍びないので、マロンには会わず黙って大和の部屋に通されることにする。
「まだケーキ食ってないんだ。一緒に食おうと思って」
そう言って久しぶりに入った大和の部屋のテーブルには、ちゃんとお皿に乗ったケーキが二人分用意されていた。
「私、ふた切れ目だよ。絶対太る」
「大丈夫だって」
自分の家で全く同じ味のケーキをひと切れ食べた。一日にケーキふた切れは流石にまずいと思ったが、大和の隣に腰を下ろすと会話が続かず気まずくなったので、結局ケーキを食べて場を持たせることになる。
テレビの中ではお笑い特番が放送されているが、それよりも久々に入る大和の部屋の中が気になってしまう。
昔から壁の上部に飾ってあった、主に野球関連の賞状の位置は変わっていない。けれど前より本が増えている気がする。漫画も、小説も、参考書も。
その代わり、壁に貼り付けてあったアニメのポスターや、床に転がっていたゲーム機やソフトがなくなっている。大和は小さい頃より、整理整頓が上手になったらしい。
「菜帆」
急に話しかけられて、びくっと飛び上がってしまう。すでに食べ終わっていたケーキの皿とコップを乗せたテーブルをずずずっと遠くへ押し退けて、代わりに開いた視界に大和が割り込んでくる。
「今……着てんの?」
「う、うん……」
聞かなくてもわかる。
下着のことだ。
「ありがとう、大和。思った通りすごい可愛かった。身体にもちゃんと合ってるみたい……大事にするね」
「ん」
受け取ったときにちゃんとお礼を言っていなかったので、改めて感想とお礼を伝える。大和はすぐに安心したように笑ってくれた。
大和も不安だったのかもしれない。だって客観的に考えたら、どう考えてもドン引き変態案件だ。まだ付き合っていない女の子に、下着をプレゼントするなんて。
でも大和なりに、菜帆がいちばん喜ぶものを考えてくれていたのは事実だろう。菜帆はその心を嬉しいと感じてしまう。
「俺、ずっと菜帆のこと見てたんだ」
ぽつ、と大和が呟く。
「菜帆の身体がどんどん大人っぽくなっていくから、内心すげー焦ってて。でも菜帆は、俺のこと全然意識してくれないから」
「……」
「だからあの日、菜帆の趣味を知って……確かにびっくりしたけど、『俺しか知らないんだ』って思ったら嬉しかった」
大和の手が伸びてきて、左の耳に触れる。一緒に、頬にも。
柔らかくてくすぐったい感覚から逃げようとすると、大和の手がゆっくりと後を追ってきた。
「でもそれだけじゃ足りない。菜帆が誰かを好きになる話なんか、もう聞きたくない。……下着姿も誰にも見せたくないんだ」
下着姿なんて、相当の偶然が重なった事故じゃない限り異性に見られることなんてない。
と思ったけれど、大和が言っているのはそういう意味じゃないと気付く。菜帆が誰かと付き合って、深い――大人の関係になる時が来たら、下着姿なんて簡単に見られてしまう。その先も。
大和は、菜帆に誰かとそうなって欲しくない、それは自分がもらいたいと言っている。その感情を、彼は言葉と手つきで明確に示す。
改めて聞いた大和の告白は、菜帆の心の中にストンと落ちた。なんだか緊張してぐるぐる考えていた時間が無駄だったんじゃないかと思うぐらいに、簡単に安心してしまう。
大和とじっと見つめ合う。自分の言葉でちゃんと気持ちを伝えてくれた大和に、ちゃんと返事をしたくて。
「私、多分ちょっと変な子だよ。……それでもいいの?」
「それはお互い様だと思うけどな」
あえて『変態』をちょっとマイルドに改変して『変な子』と言ったのに、あっさり肯定されてしまう。それどころか、自分もそうだと言われてしまう。
ほっとする。
お互い様ならいいか、なんて。
「私も大和のこと好き。一緒にいると、安心するよ」
言葉に出して返事をすると、大和が嬉しそうにはにかんだ。いつも冗談を言ってからかう時と同じなのに、それより少しだけ男らしい笑顔で。
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