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第9話
しおりを挟む十二月二十四日、クリスマス・イブ。例年と同じく、家族でいつもより豪華な夕食を食べて過ごした。
あの後、菜帆は先輩に『付き合わない?』と告白された。今年のクリスマスを一緒に過ごしたい、と言われた。けれどあんなに好きだったはずの先輩からの告白はちっとも嬉しくなかった。
好きな子に下着を贈りたいなんてバカみたいなことを真顔で言う大和よりも、軽さを装って菜帆を誘ってきた先輩の視線の方が、よっぽど下心で満ち溢れていた。
一緒に過ごすクリスマス――真っ先に顔が思い浮かんだのは大和の笑顔だった。それから家族と食べるご馳走が思い浮かんで。えっちだね、と言われた時の嫌悪感を思い出して、身震いして。最後にもう一回大和の顔を思い出した時には『ごめんなさい』と言っていた。
でもこれでよかったのだと思う。大和の言うように、先輩と菜帆は最初から相性が良くなかった。先輩は菜帆が夢中になれる唯一の趣味を認めてはくれず、いやらしいと決めつけられてしまった。だからきっと、この先先輩と一緒にいても苦しいだけなのだ。
それどころか、冬のイベント終了と同時にフラれてしまうかもしれない。確証はないが『いやらしい子好きだよ』と言った先輩の言葉から、用が済めば手のひらを返したように捨てられる可能性は感じ取れた。
「菜帆?」
大和の家のインターフォンを押して誰かが出てくるのを待っていると、なぜか家の中ではなく後ろから声を掛けられた。びっくりして振り返ると、すぐそこに大和が立っていた。
「いま家の中、マロン以外は誰もいないって。だから二十時って言ったのに」
「え、あ……、いや……」
「腹減ったからさ。一応パエリア? はあるらしいけど、肉食いたいからフライドチキン買ってきた」
パエリアと説明されて、オウム返しでパエリアと言ってるけど、大和はきっとそれが何なのかわかってないんだと思う。あまり知らない料理よりも、揚げた鶏肉を好む辺りは男子大学生だ。
それに今の大和はパエリアのことなんてどうでもいいらしい。ガチャガチャと鍵を開ける大和の横顔は、いつになく嬉しそうだった。
「菜帆も食う?」
「あ……ケーキ、持ってきたの」
手にしていた箱を大和の前に差し出すと、少しだけ目を丸くした大和が低い声で頷く。
「ああ、そういえば毎年くれるもんな。菜帆の母さんの作るケーキ、甘さ控えめだから売ってるやつより好きなんだ」
菜帆の母はスイーツを作るのが上手い。クリスマスケーキは昔から作っていて、いつの間にか大和の家のケーキまで菜帆の母が作るようになっていた。
どうやら大和が菜帆の母が作ったケーキを美味しいと褒めたから、調子に乗っているらしい。今年もそうやって大和が腕前を褒めるから、母はきっと来年もケーキを作って菜帆に持たせるのだろう。
玄関棚の上にコンビニの袋を乗せた大和が、菜帆の手からケーキの箱を受け取ってくれる。
大和は菜帆がそのまま家の中に入ってくると思っていたらしく、背を向けてドアノブに手をかけると、不思議そうに名前を呼ばれた。
「菜帆、?」
「あ……わ、私ケーキ届けに来た、だけで」
今はまだそういうつもりで来たわけじゃない、と伝えると、大和がぐっと沈黙した。そのまま数秒、時間が止まる。
「……なんだ、期待してたのにな」
「大和」
悲しそうな声を出した大和に、誤解させる言い方をしてしまったと気付いて、焦って説明をする。
「あの……お風呂入ったら。二十時に、また来る……から」
「!」
その説明に、ぱっと顔を上げた大和と目が合った。驚きの中に少しだけ喜びの表情を含ませた瞳と見つめ合うと、急に恥ずかしくなる。すぐにぱっと目を逸らす。それは大和も同じだったようで、視線を合わせないまま更に数秒沈黙してしまった。
「菜帆、ちょっと待ってて」
奇妙な恥ずかしさを感じてソワソワしていると、一言だけ言い残した大和がそのまま奥の部屋へ消えて行った。
あそこは大和の部屋だ。最近は訪れてもリビングまでしか立ち入らないことが多いが、昔は大和の部屋で一緒にゲームや宿題をすることも多かったから、一応把握はしている。
ほどなくして部屋から戻って来た大和の手には、小さめの段ボール箱が乗せられていた。
「ほら」
手渡された箱をじっと見つめる。何の箱なのかと側面を見て、あっと気が付いた。
それは正規の通販サイトで購入した場合のみにお目にかかれる公式の段ボール箱。特徴的なフォントと天使の羽根がデザインされた『WHO-LILL』の社名。大和がプレゼントしたいと言っていた、菜帆お気に入りのランジェリーブランドの箱だ。
「中に領収書入ってると思うけど、どうせ値段バレてるだろうからそのまま渡す」
「う、うん……」
「鏡の前で見る時間は三分までだからな」
「あ……はい」
大和は全部知っている。菜帆の趣味も、それに費やす情熱も、菜帆がどんな行動を取るかも。
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