秘密のノエルージュ

紺乃 藍

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第5話

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「コンプレックスを埋めてくれる存在って、大きいよね」
「ん?」

 その日の夜。色々な事をぐるぐると考えているうちに無性に甘いものが食べたくなり、菜帆は一人コンビニへ足を運んだ。

 そこでたまたま帰宅が遅かった大和に遭遇したので、マンションまでの道のりを並んで帰る。

「可愛い下着は確かに趣味でもあるけど、私にとってはすごい大事なものでもあるもん」

 菜帆の気落ちを見抜いた大和に『聞いてやるから話せよ』と促され、今日起きた出来事と愚痴をぜんぶ聞いてもらった。自分が楽になりたいがために大和を巻き込む狡猾さは感じていたが、大和は菜帆の愚痴を真剣に聞いてくれた。

 話すと楽になるというのは本当だ。特にアドバイスがあったわけではないけれど、胸につかえていたものを吐き出せばすっきりとした気分になれた。それに大和の顔を見たら、何だかほっとして気が抜けてしまったのだ。

「大和って、からかいはするけど、否定したり馬鹿にしたりしないよね。私の趣味」
「しねーよ。……ていうか、むしろ感謝してるから」
「うん? ……感謝?」

 意外な言葉が聞こえたので、そっと顔を上げる。隣にいた大和と少しだけ見つめ合う。大和は低い声で『あぁ』と頷いたあと、視線を逸らして前を見た。

「菜帆が身体に合った下着を身に着けるようになったら、菜帆のこと変な目で見る男が減ったから」

 ……過保護。
 幼なじみは意外と過保護だ。

 いつも菜帆をからかってばかりの大和には珍しい、マトモな回答が返って来た。その生真面目な言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。

 大和は幼なじみとして、菜帆のことを姉か妹のように心配してくれる。それだけで、先輩に対する嫌悪感があっという間に溶けて消えていく気がした。

「それは私も実感してる」

 大和の言葉にそっと便乗する。

 中学生になるときに、菜帆ははじめてちゃんとした下着を買ってもらった。身体に合った下着を身に着けることで、胸が無駄に揺れることがなくなり、異性にも同性にもじろじろと身体を見られなくなった。

 自分の思い込みが激しいだけだと思った。菜帆の胸など、最初から誰も見てないなかったのだと感じた。けれどやっぱり、そんなことはなかった。

 その証拠に先輩は菜帆の身体に興味を持った。他にも菜帆の同じように興味を持つ人がいるのかどうかはわからないけれど、少なくともそういう輩は確実に存在するのだ。

「って、自意識過剰かもしれないけど~」
「んなことねーよ。自衛は大事だぞ。女の子なんだからな」

 自意識過剰な考えも、大和には素直に口にできた。けれど改めて考えてみたら、自分の身体に自信がある勘違いも甚だしい発言な気がしてきた。だから笑って茶化そうとしたのに、大和はやっぱり真剣に答えてくれる。

「え……、あ、うん……ありがとう」

 その真剣さに触発されるように顎を引く。いたずら好きの大和だが、本当の彼は優しい人だ。

 しっかりと採寸して身体に合った下着は、菜帆のコンプレックスを埋めてくれる。欠点を補正してくれる。自分に自信を持たせてくれる。しかも可愛くて美しい。

 そんな存在を好きになる気持ちをわかってくれる異性は、大和だけだ。理解してくれて、心配してくれて、気を遣ってくれる人はきっと、彼だけなのだろう。

 ふと沈黙が降りる。小石を踏んだスニーカーとアスファルトが擦れて、じゃりっと乾いた音が夜道に響く。

「先輩は……受け入れてくれなかったな」

 冷たい夜風と一緒に溶けてしまえばいいのに、と思いを込めながらポツリと落胆を口にする。

 誰にもでも分け隔てなく優しくて、笑顔が素敵な先輩だった。同じ学部で、講義が被った時に一緒に課題をやったりした。話も面白くて、ノリも良くて、憧れていたはずだった。

 なのに今日、その先輩に対して嫌悪感を抱いてしまった。だから自分の想いは何だったのか、あまりにも薄い恋心だったのではないか、と自己嫌悪してしまう。一度そう思ってしまうと、今度は先輩ではなくて自分の考え方が嫌になってくる。

「最初から合ってなかったんだって。菜帆とその先輩は」

 自分自身の『好き』『気になる』という気持ちの薄っぺらさに呆れていると、大和がその感情を掬い上げてくれた。菜帆が悪かったわけじゃない、と言葉で慰めてくれる。

 不思議と安心できる。もちろん、すぐに次の恋をしたいとは思っているわけじゃない。でも大和には、先輩をあっという間に忘れてしまいそうな薄情な自分を『悪い事じゃない』と言われている気がした。

「うん。私、今度はこの趣味を受け入れてくれる人を好きになりたいな」
「菜帆……俺……」
「ま。人を好きになる瞬間って、趣味のことなんて考えてないんだけどねぇ」
「……」

 恋に落ちる瞬間は自分ではコントロールできない。気付いたら好きになっていた、とかそんなものが大半だ。自分でこういう人を好きになりたいと思っても、そう上手くはいかないもの。

「そう、だな」

 菜帆の呟きに、大和が歯切れの悪い返答をしてきた。そんな大和の呟きは、マンションの自動ドアが開く音にあっさりとかき消された。

「ってーか、ほんと……そんなに夢中でなに見てたんだ?」

 先程の会話を思い出したのか、大和が呆れた声を出す。

 下着ブランドのサイトを見ていた、とは言ったが、それがどのメーカーのどんな商品なのかは説明していない。

 真剣な悩みには真剣に返してくれるが、大和は基本的に菜帆で遊ぶのが好きだ。彼にからかわれる材料を渡すのが嫌だったので、そこはにこりと笑って適当に誤魔化した。

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