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第3話
しおりを挟む大和からのからかいとセクハラは、あの日以来ずっと続いている。
二十歳同士の幼なじみなど、本来ならさほどべったりした関係ではないと思う。そもそも菜帆と大和は、最初から親密な関係ではなかった。
だから玄関先や通学中の道端や電車の中で鉢合わせる度に『またからかわれている』『遊ばれている』と感じてしまうのかもしれない。むしろそれこそが大和の趣味なんじゃないかとさえ思う。
「菜帆~」
「あれ? 今日は大和も早いんだね」
四講目が臨時休講になってしまったので、いつもより早い電車に乗る。慣れた乗車位置から車両内に入ると、人がまばらな車内の座席に大和がぽつんと腰掛けていた。顔を上げて声をかけてきた大和に頷き返すと、菜帆もその隣に腰を下ろす。
大和が通う大学の最寄駅は、菜帆が利用する駅の三つ隣だ。朝同じ電車に乗っても菜帆の方が先に降りるし、たまたま帰宅時間が被っても、大和の方が電車に先に乗車している。今日と同じように。
「なんだ、元気ねーじゃん。先輩に下着喜んでもらえなかった?」
「ちがーう! バカ!!」
大きな声で下着下着と言わないで欲しい。パンツとかブラジャーとか言わないだけいくらかマシだけれど、たまに傍で聞いていた人にびっくり顔で振り返られることがある。
それは恥ずかしいし、困るから止めて、と何度も言っているのに。
今朝の会話の続きをし始めた大和に『もう!』と怒ると、また『ごめんって』と軽い謝罪をしてきた。全然悪いなんて思ってなさそうに。
はぁ、と溜息をつく。
大和に『気になる人がいる』なんて言わなければよかった。一つ年上の先輩はもう四年生で、単位も取り終えて、就活も終えている。彼はもうほとんど大学に顔を出さない。
だから先輩と頻繁に会うことも、まして関係が進展することもない。それもちゃんと説明したはずなのに、大和にはフーンと受け流されてしまった。
もう一度溜息を吐く直前で、大和に『菜帆、今日はバイト?』と別の話題を切り出された。
「うん。でも今日は遅番で、十九時からなんだ」
時刻はまだ十六時。一旦帰宅してバイト先に向かうにしても、まだまだ余裕のある時間だ。
「じゃあ、ちょっと買い物に付き合って」
菜帆と大和の住むマンションの最寄り駅は比較的大規模だ。菜帆のバイト先も駅ビルの中に入る居酒屋だし、よほどマイナーな専門店じゃなければ買い物にも困らない。
何か欲しいものでもあるのかと思って顎を引くと、大和がふっと笑顔になった。
「クリスマスプレゼント買いたいんだ」
その台詞につい『えっ』と大きめの声が出てしまった。そのまま顔を見上げて大和と見つめ合う。
「……彼女?」
「え……いや、違うけど」
高校卒業まで根っからの野球少年で部活一筋だった大和に、彼女がいたと聞いたことは無い。だから咄嗟に『ついにその時が来たか』と感じた。
けれど大和は否定する。その一言に、一瞬ドキリと跳ねた菜帆の心臓はすぐに平常の動きを取り戻す。
そしてすぐに気付いてしまう。クリスマスプレゼントと言っても、渡すのは家族では無いだろう。恐らく大和は『まだ彼女ではない』誰かに片想いをしていて、その人にクリスマスプレゼントを送ろうと考えている。
それをわざわざ菜帆に相談してくると言うことは。
「まさか、プレゼントに下着買うの?」
「……だめか?」
聞き返されて『うわぁ』と頭を抱えそうになる。思った通り、大和は想い人に下着を送ろうと考えていたようだ。だからランジェリー好きで、ブランドや価格にも詳しい菜帆に意見を聞こうとしてきたらしい。
けれど、それにはちょっと同意できない。
「彼女じゃないなら、止めた方がいいと思うなぁ……」
いくらなんでも、それは気持ち悪いと思われそうだ。付き合ってるわけでもない異性から急に下着を送られたら、普通はビックリすると思う。ううん、ドン引きだと思う。
「でも菜帆は喜ぶじゃん」
「私はそりゃ、嬉しいけど。でも普通は下心見えすぎて引かれちゃうと思うよ」
もちろん菜帆は嬉しい。可愛い下着も綺麗な下着も好きだから。自分のコンプレックスを補正してくれる、女の子にしかない特権みたいだから。キラキラと美しいランジェリーの世界に憧れているから。
でも彼氏ではない男の人に急にプレゼントされたら、流石の菜帆も困ってしまう。と思う。
仮に大和の告白が成功して付き合えることになったとしても、後から他の女の子の好みが反映されたプレゼントだと知ったら、その子は絶対イヤだと思う。菜帆は自分ならイヤだなと思う。
「アクセサリーとかの方が、無難に喜ばれると思うよ」
危険な橋を渡るより万人受けするプレゼントの方がいいと思う。じゃないと変人扱いされてしまいそうだ。
大和は人をからかってばかりだけど、決して悪い人ではないから、変人扱いされるのは可哀そうだと思ってしまう。
(って私、なんで大和の恋の応援してるんだろ?)
恋愛の話になると、普段は菜帆の方が劣勢だ。
大和はいつも菜帆の変化に目ざとい。気になる人が出来たらすぐに気付かれてしまって『どんな人?』『まだ付き合ってねーの?』『告白は?』とからかわれる。
だから大和に好きな人が出来たときは、自分も存分にからかってやろうと思っていた。なのにいざ大和に好きな人が出来たと知ると、根掘り葉掘り聞こうとしていた気持ちは何処かへ消えてしまっている。
「無難じゃなくて、ちゃんと喜んで欲しいんだって」
大和が少し不機嫌な顔をする。
下着の話に思考が戻ってくる。
そんな風に不機嫌な顔をされても困る。大和だって、彼女でも何でもない女の子がクリスマスプレゼントにパンツを送ってきたら、絶対に気持ち悪いと思うはず。しかもそれを他の男の子に相談して選んだなんて、後から知ったらドン引きするはず。
「いや……やっぱり、もう少し考えてからにするか」
「うん、その方がいいと思う」
大和がハッとして話題を切り上げてきた。菜帆がどう伝えたら理解してもらえるのかと考えているうちに、自分で結論を出したようだ。
(まぁ、それならそれでいいんだけど……)
結局その日は、駅ビルには寄らないことになった。冬の木枯らしがぴゅうぴゅうと吹くマンションまでの岐路を、他愛のない雑談をしながら並んで帰る。でも頭の中は別のことでいっぱいだった。
(大和の、好きな人)
初めて聞くかもしれない、大和の恋愛話。それは菜帆にとってちょっとした衝撃だった。そしてその衝撃が音もなく去ると、今度は胸の中に妙な寒さが入り込んできた。
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