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第2話
しおりを挟むそれは中学・高校を卒業し、大学生になったばかりの頃。菜帆は中学生になるときに買ってもらった下着をきっかけに、機能性と見た目の美しさを兼ね備えた女性用の下着――ランジェリーの世界に夢中になっていた。
ランジェリーは華やかでキラキラした、大人の女性の象徴だ。その美しいフォルムとディテールを求めて、モールやデパートでショッピングをするのがすごく楽しい。
お気に入りのブランドから新しい商品やシリーズの新作が発表されるたびに心が躍る。ブランドサイトを眺め出すと時間を忘れて没頭してしまう。
けれど女性用の下着は上下を合わせると意外と高価なもので、アルバイトをしてもたくさん買うことは出来ない。
確かに高校生の頃と比べると、大学生になってからはアルバイトの時間や時給は増えた。とはいえ女の子は下着だけではなく、メイク用品やファッションアイテム、友達との交際にもお金がかかるのだ。
だから限りある資金の中で自分好みのものを吟味して、悩みに悩んで購入した新しい下着は、菜帆にとっては宝物に等しかった。
その日も通販で購入した新しい下着が届いたことに夢中になっていた。なりすぎていた。帰り道で遭遇した大和に漫画の最新巻を借りる約束をした事さえ、ブランドの箱を見た瞬間にすっかりと忘れてしまっていた。
ノックもせずに部屋へ入って来た大和と顔を見合わせた時、菜帆の時間はぴたりと停止した。たぶん、大和も同じだったのだろう。
新しい漫画が入っていると思われる紙袋が彼の手から離れ、その場にどさりと落ちる。
「なっ、な……! 菜帆、おまっ……なんで昼間から下着姿なんだ!?」
一瞬早く動き出した大和が、顔を真っ赤にして手の甲で口元を隠し、そのまま部屋の入り口から数歩離れた。後退り、という表現の方が近いかもしれない。その姿を見た菜帆も、自分の顔が熱く火照るのを感じた。
幼なじみとはいえ、小・中・高と学校が一緒で家が近かっただけだ。いわゆる腐れ縁というやつで、お互いを『他よりは仲がいい異性』ぐらいに認識していたように思う。
けれど一緒に風呂に入った、とか、泊まりに行って一緒に寝ていた、とか、そんな踏み込んだ関係でもない。恋人だった過去もない。
もちろん下着姿を見られたことも無かった。この日までは。
「うるさい! 趣味よ!」
「え、趣味なのか!?」
恥ずかしさと焦りからありのままを叫ぶと、大和が驚いた声を出した。
そうだよ、と言いそうになって気付く。大和は、菜帆が昼間から下着姿になって自分の姿を鏡で確認する行為が趣味なのだと思っているに違いない。
もちろん誤解だ。菜帆が趣味だと言ったのは、自分好みの下着を探して、吟味して、いっぱい悩むこと。そして気に入ったものを集めること。買ったからにはちゃんと身に着けてみるが、決して姿見で観察して喜ぶ趣味があるわけではない。
「趣味って……」
「ち、違うよ……!」
「どっちだよ!?」
「どっちでもいいから、一回ドア閉めて!!」
そうやってギャーギャーと騒ぎまくって母に二人まとめて怒られたのが、まだ大学に入ったばかりの頃。今から二年ほど前の話だ。
思い出すだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしくなって、ベッドの上で叫びながらのたうち回りたくなる。出来ることなら大和の頭の中からこの記憶だけを抜き取って消滅させたいと思う。
けれど世の中なんでも自分の思い通りに行くわけがなく。結局、菜帆は自分のささやかな趣味を大和に知られてしまう羽目になった。
「もう、最悪……」
それだけではない。菜帆の趣味を知った大和は、照れる幼なじみをからかい尽くすと決めたらしい。
あれ以来、ことあるごとに『今日の下着の色は?』『新しいやつ?』と聞いてくる。もちろん大和に下着姿を見られたのはたったの一度だけ。あの悪夢のようなハプニングは、正真正銘あれきりだった。
うっかり趣味だなんて口走らずに、冷静に受け答えすればよかった。なんて思っても後の祭り。
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