【本編完結】訳あって王子様の子種を隠し持っています

紺乃 藍

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36. 縁あって、王子様の寵愛を受けています 前編

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「れ、レオン様……ちょ、っと……まってください!」

 レオンの私室に足を踏み入れるなり、後ろから抱きしめられて首筋に口付けられた。柔らかい唇が肌に触れる感覚が久々でセシルも嬉しいと思ってしまうが、いくらなんでも性急すぎる。会うのは久々なのだから、もう少しゆっくりと過ごしてから触れ合ってもいいと思うのに。

「無理だ、待てない……何日ぶりだと思っている」
「え、えっと……十日ぐらい、ですか?」
「十三日だ」
「わっ」

 セシルの予想と実際の時間経過には三日の誤差があったらしい。それほどの期間レオンを待たせていたのは確かに申し訳ない。だがセシルの論文作成作業も大詰めだった。ずっと研究室に籠りきり、寝ている時間と起きて原稿と向き合っている時間の境すら曖昧で、どれほどの日数が経過しているのか正確に把握していなかったのだ。

「ん、んぅ……」

 一応レオンにもセシルを労う気持ちはあるようだが、それ以上に今すぐ触れたくて仕方がないようだ。ベッドに押し倒されて口付けられるだけで、彼の考えが読めてしまう。

「れ、レオン様! その前にひとつ報告が……!」
「……ん?」

 もちろんセシルも同じ気持ちだったが、その前に一つ報告しておかなければならないことがある。セシルとしては言わなくても問題ない気がするが、後から知ればレオンは『聞いてない』と不機嫌になるだろう。ならば先に報告しておくほうが無難だ。

「ジェフリーが抜けた分、研究室に新しい人が入ることになりました」

 案の定、セシルを押し倒したレオンの眉間に皺が寄る。

 あれからしばらくの間はアレックスに従属することを渋っていたジェフリーだったが、側近チャールズから破格の給料を提示されたことで心が揺れ動いたらしい。ローランドいわく『チャールズ様は一見物静かですけど、誰よりも策士ですよ、あの人は』とのことで、確かに最終的にはジェフリーが折れる形となった。

 アレックスもすっかりジェフリーに懐いているらしい。正規の手続きを踏んでジェフリーがアレックスの側近として雇われてからは、片時も彼と離れようとせず食事も睡眠も一緒にとりたがっているという。

 一度王城の廊下ですれ違ったジェフリーが『慣れれば可愛いもんだ』と言っていたので、セシルもつい、にこにこと笑顔を返してしまった。順調に絆されているのがチャールズの策によるものなのか、はたまた『そう』なることを予測していただけなのかはわからないが、ともあれアレックスとジェフリーは良好な関係を築いているようだ。

 ジェフリーと代わるようにセシルが研究の仕事に復帰しても良いことになったが、いくら彼がサボりがちだったとはいえ、人が減るとその分他の者の負荷は大きくなる。今回はどうにか乗り切ったが、毎回のように三人揃って屍化するわけにもいかないので、次回の実験が始まる前に人を増やすことが決まった。

「あ、あの……男性ですから」
「……余計にダメだろ」

 不機嫌を一切隠さないレオンに一応そう申告してみるが、なぜかさらに不機嫌になってしまう。ムッとした表情を見上げて苦笑していると、目が合ったレオンがふっと表情を崩した。

「なら俺も先に報告をしようか」

 一旦頬に触れる手を引っ込めたレオンが、セシルの隣にごろんと横になる。青いシーツの上に頬杖をついたレオンは、セシルの顔を覗き込みながら少しだけ真剣な表情をした。

「俺の今後の立場についてだ。とりあえずアレックスが浄化の旅を終えるまでの間は、俺が『アレックス』として公務を続けることになった」

 確かに今後のレオンとアレックスの在り方については、セシルも気になっていた。レオンの報告にふむふむと頷く。

「セシル。お前の目から見て、アレックスはどう思う? 王太子として、ゆくゆくは王として、国を背負っていけると思うか?」
「……可能だと思います」

 レオンがセシルに意見を求めてくるので、少しだけ考え込む。だがそれほど返答に悩むことはない。セシルの目から見たアレックスは、幼いながらにも優秀な王子だった。

「アレックス殿下は日ごと目覚ましい成長を遂げていらっしゃいます。身体も眠っていた時間を取り戻すように急成長していますし、魔法の扱いも上手です。勉学も熱心に励まれていて、剣や弓の腕前もなかなかだとか」
「父上に似たんだろうな。何をやらせてもそつなくこなしているらしい」

 セシルの見解はレオンの見立てと一致していたらしい。セシルが意見を述べると、最初からセシルの意見を知っていたかのように頷かれた。

「だが大人の姿に成長するまでは公の場には出られない。唯一、社交面だけが気がかりだ」

 アレックスは数年と待たずに本来の年齢に相応しい身体へと成長するだろう。それに学問や魔法や武術も順調に学んで吸収している。ただ今のアレックスを社交の場に引っ張り出すわけにはいかないので、彼に王族として人と関われる素質があるかどうかは未知数だ。

 だからレオンの懸念もわからないわけではないが、セシルはその点に関してもあまり心配はないと考えている。

「心配はないと思いますよ。むしろ国内各地を巡って色々な人たちと関わっていけば、城の中で過ごすよりも豊かな人間関係を学べると思います」

 今のアレックスの話し方や他者との接し方は、最初に会った頃のレオンによく似ている。わがままで尊大、自分の都合を優先していつも相手を振り回す。けれど気品溢れる立ち振る舞いと整った美貌は常に人を惹きつけ、あっという間に魅了する。彼にもその素質が備わっている。

 否、むしろレオンの方が冷たい印象を受けるかもしれない。アレックスの方が人懐こさや愛嬌が感じられるぐらいだ。

 ならば過度に心配する必要はないし、もし人付き合いが上手くいかなくても、今のアレックスには周囲に支えてくれる人がたくさんいる。様々な人との出会いも、彼に良い影響をもたらすはず。彼は周囲に愛される王太子に――ゆくゆくは民を正しく導く素晴らしい王になるだろう。

「俺は、アレックスの影として生きようと思う」

 そしてこれまでアレックスの身代わり王子として生きてきたレオンにも、その素質は十分に備わっている。むしろ二十年の経験はアレックスにはないレオンのアドバンテージだと言えるが、それでも彼は王族としての権力や富、名声や繁栄に興味はないという。

「影……ですか?」
「ああ。旅で不在となる期間はアレックスの代わりに表舞台で、あいつが戻ってきたら影の存在として、アレックスを支えていく」

 レオンの決意は揺るぎのないものだった。

 確かにレオンは王の血を引く王子だが、民は皆『この国の王子はアレックスただ一人』だと思っている。そこに成人したレオンが登場して自分の出自を詳らかにすれば、間違いなく国民は混乱するだろう。

 それに正妃の子ではない存在の公表は王の過去の過ちを公にすることに直結するし、アレックスの秘密を知ろうとする輩が現れる恐れもある。なにより、派閥争いの火種になりかねない。

 レオンが『レオン王子殿下』として公の場に出ることは、あらゆる危険を孕んでいる。しかしすべてを投げ出してアレックス一人に負担を負わせることもできない。

 ならばアレックスが一人前になるまで陰から支え、必要なときは彼を守る存在となることが、弟である自分の役目だと現状を受け入れたらしい。

「レオン様が決めたことなら、僕も応援します」

 セシルの頭を撫でてふわふわと髪を弄ぶレオンを見ていると、彼が本心から『王位』に興味がないのだと窺える。それでも与えられた運命を受け入れ、自分に出来ることをやり遂げる覚悟を決めたレオンに頷くと、彼も表情を緩めてセシルに微笑んでくれた。

 髪を撫でていた指が今度は頬を撫でるので、くすぐったさに身を捩るセシルだったが、そこでふとレオンの指の動きが停止した。

「それともう一つ」
「……?」
「これまで年に一度実施されてきた『マギカ・リフォーミング』だが、事実を公表せず今後も継続していくことになった」
「え、そうなんですか?」

 レオンの報告を聞いたセシルは、つい気の抜けた返答をしてしまう。だがつい間抜けな声を出してしまうぐらい、この決定は意外なものだった。

 今年のマギカ・リフォーミングは、王政中央議会が悩みに悩んだ末、結局は例年通りに実施されることとなった。直前で突然中止すれば何かのトラブルがあったと勘ぐられる懸念もあったし、万が一セシルやジェフリーに何かあったときのことを考えて『魔力』や『マナ』を多少は備蓄しておいた方がいい、という結論に至ったからだ。

 セシルも先日、生まれてはじめて『マギカ・リフォーミング』を経験した。魔法が一切使えないうえに、やはり微熱と倦怠感に見舞われた。たった一日だけとはいえ、成人した国民全員がこの状態になってしまうのはなかなか酷な状況だと思える。

 しかし無尽蔵に魔力を生み出すジェフリーや魔力を体内に蓄積できるセシルがいるのなら、アレックスの生命維持のために実施されていたマギカ・リフォーミングは今後必要がなくなるだろう。

 そう思っていたセシルは無意味な措置を続けるという決定に首を傾げたが、セシルの想像と議会の決定は少しだけ異なっていた。

「ただし強制的なマナの供給停止は行わない。あくまで『魔法の使用を控えて、自然の力と己の身体を休息させる日』として、国民の自主性に委ねた『祝日』とすることになった」
「なるほど……では『魔法の改修』ではなく『身体の休息』の日ですね」
「そういうことだ」

 レオンの報告にほっと息をつく。

 『アレックス』を取り戻した王家とこの国が、少しずつ本来の自然な姿に戻っていく。それが目に見える形になったようで、セシルは小さな幸福を感じた。

「そう――魔法に頼らず、家族や恋人とゆっくりと過ごすための日だ」
「……え」

 しかしセシルが安堵を感じて気を抜くにはまだ早い。話は終わったとばかりに身を起こしたレオンが、穏やかな気持ちで和んでいたセシルの上に覆いかぶさってくる。

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