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22. 始祖なる魔法の系譜
しおりを挟む「レオン様、これ読めますか?」
「いいや、全然。どこの言語かもわからないな」
セシルの手元を覗き込んできたレオンに訊ねてみると、不思議そうに首を傾げられる。どうやらセシルと同じく、レオンにもこの文字は読めないらしい。
アレックスの身代わりを担うレオンは外交の場に赴く機会も多いため、周辺諸国で用いられている複数の言語の読み書き会話ができると聞いている。またセシルも、職業柄古い言語や魔法を構成する珍しい文字を目にする機会が多い。
しかしこの書物に綴られた文字には全く見覚えがない。もちろんタイトルだけではなく、中をパラパラとめくってみてもただ黒いインクが紙に染みて滲んでいるようにしか見えない。
王族であるレオンと魔法研究員であるセシルの二人が揃っても解読できない言語を不思議に思っていると、不意にセシルの下腹部がドクッと疼いた。
「……?」
お腹をグッと押されたような――というよりも、お腹をぐいっと引っ張られたような奇妙な感覚にハッと瞠目する。
(今の……なに?)
しかし強い力で身体を引っ張られるような感覚はほんの一瞬だけで、特に痛みを伴うわけでも圧迫感があるわけでもない。お腹をさすってみても特に変わった様子はないし、もちろんお腹が空いたわけでもない。むしろ未だに露出したままになっているお尻の方がスースーと冷えるぐらいだ。
気のせいか、と結論付けて手にしていた本を閉じようとしたセシルだったが、何気なく本へ視線を落としてみると、先ほどまでとは明らかに状態が異なると気が付いた。
「え……」
――読める。書いてあることがわかる。
つい数秒前までどこの国の言語かも、何が書かれているのかも一切わからなかった書物が、何故か突然読めるようになっている。ただの黒いインクの染みでしかなかった本の内容が、理解できる。
(な、なんで……?)
あまりにも唐突すぎる変化に混乱しつつ、ページを一枚めくってみる。……やはり読める。
否、文字として認識できないのは先ほどまでと同じだが、不思議と書いてあることは理解できる。読めるというよりは、黒いインクの染みに左から右へ視線を動かせば、脳の中に勝手にイメージが湧いてくるような感覚だ。だから実際には『読めて』はいないのだろうが、『理解』は出来る。
「セシル? どうした、読めるのか?」
「え、いえ。はい……えっと……」
「?」
レオンの視線が、セシルの顔と手にしている書物の間で何度か行き来する。その不思議そうな表情から、セシルは内容を理解できるようになったが、同じような変化がレオンには起こっていないことを把握する。
急な状況の変化と違和感をどう受け止めるべきかと考えるセシルだったが、レオンは『魔法研究者であるセシルがこの文字の解読方法を急に思い出した』と解釈したらしい。ふむ、と鼻から息を漏らすと、
「なんて書いてあるんだ?」
と訊ねてきた。
はっと我に返ると慌てて視線を下げて文字を目で追う。確かに読めることそのものよりも、見覚えのない言語で綴られたこの本に何が書かれているかの方が重要だろう。
改めて本のタイトルを確認する。
そこには『始祖なる魔法の系譜』と書かれている。
(〝始祖なる魔法〟……?)
どういう意味だろう、と思いながら再度本を開く。
中は魔法書のようだが、目次や索引はない。本文は魔法の分類によりいくつかの章に分かれて構成されているようだ。
しかし章のタイトルが『聖なる剣に古龍を屠る力を宿す』という攻撃に特化した魔法についてだったり、『万の病を癒す秘薬』という治癒に特化した魔法薬についてだったりと、いまひとつ統一性が感じられない。扱うテーマがばらばらで、煩雑な印象を受けるのだ。
(あ、なるほど……。これ、王家に伝わる強い魔法だけを集めた魔法書なんだ)
タイトルを確認して内容を検めているうちに、これが王の血統者のみに伝えられる『秘密の魔法書』なのだと理解する。そう思えば、納得できる部分も多い。
龍を討つ力をもたらす魔法やどんな病気も治癒できる魔法など、一般人が扱うにはあまりにも強力すぎる代物だ。
そしてそれほど強力な魔法ならば、確かに悪用・乱用されることがないよう厳重に注意して取り扱うすべきである。こうして普通には読めない言語で綴られている理由も納得だ。
だがどうしてその文字をセシルが読めるのだろうか。というよりも、最初は読めなかったのになぜ突然読めるようになったのだろうか。
不思議に思いながらさらにページを数枚めくる。
そこでふと、セシルの手が止まった。
「……」
章のタイトルには『魔素の循環活性』と記されている。
魔素とは大自然に存在する魔法の源である『マナ』の別の呼び名だ。そのマナの循環を活性化させる方法ということは――年に一度のマギカ・リフォーミングの魔法理論について書かれているのだろう。
そう納得しかけたが、書かれていた内容をよく読み込むと、そこにはセシルの想像と異なる事実が記されていた。否、セシルの想像をはるかに超える状況が広がっていた。
表情が引きつる。意図せず下腹部がドクンと疼く。心臓の機能を模倣したように腹の奥が激しく拍動する。そこから強大な力が生まれて、その力が不安を巻き散らしながら全身を激しく巡って、体温を奪いながらまた同じ場所に戻っていく奇妙な錯覚に陥る。
身体が、震える。
「レオン様……」
「ん?」
「あの、もしかしたらここに書かれている方法で……アレックス殿下を目覚めさせられる、かも……しれません」
「! ほ、本当か……!?」
情報を整理し、大きすぎる心音と不安の本音を隠し、セシルが読み取った内容を出来るだけ正確に伝える。
話している内容に偽りはない。セシルが偶然見つけた本には、王族の一人が長い眠りについてしまう可能性が示唆されている。それは現在進行形で第一王子であるアレックスの身に起きている現象にぴたりと一致する。
「ここに書かれてる通りなら、アレックス殿下が目覚めるためには特殊な魔法薬が必要です。レシピも記されていますので、材料さえあれば作れるとは思いますが……」
そこでセシルは一度、言葉を濁す。
セシルが感じた本当の困惑はそれについてではなかったが、レオンに正確な情報を伝えるために再度内容を読み込んでみると、これはこれで衝撃的な内容が記されていた。
そっくりそのまま伝えてもいいのかどうか、一瞬だけ躊躇ってしまう。
「……なんだ?」
「えーっと……」
レオンの眉間に皺が刻まれる。焦らしているつもりはないが、レオンは勿体をつけられていると感じたらしい。低い声で「セシル」と名前を呼ばれると、白状しろと詰め寄られている気分になった。だからセシルも覚悟を決めて、目にした情報をそのまま伝える。
「薬を作る材料として……えっと、本人か血縁者の……精液が必要だそうです」
「……」
案の定レオンがピシリと硬直する。石か氷のように固まってしまい、そのまま動かなくなる。
病気を治したり栄養を補ったりする一般的な『自然薬』は、植物由来の材料を利用したものが多い。しかしそれより高い効能や効果が得られる『魔法薬』は、人や動物や魔法生物の毛髪や体液が材料となることもさほど珍しくはない。
もちろん口にしても人体に影響がないように適切な処理は施すし、薬の材料の提供者が薬の製作者本人以外の場合は、使用する際に同意を得ることも法律で義務付けられている。それ自体は王立貴族学園の必修科目である『魔法基礎学』でも習うので、レオンもちゃんと認識しているはずだ。
だから特殊な薬の材料として『精液』が挙がっても本来はそれほど驚くことではない。が、驚かなくても嫌がることはあるだろう。
「本人、は無理ですよね……?」
第一王子アレックスが眠りについたのは五歳の頃だ。身体は幾分か成長しているが、精通を経験しているとは到底思えない。
ならば現在健康的に活動している他の王族から材料を得るしかない。しかし材料が『精液』である以上、選択肢は極端に限られるだろう。
「……父上に任せる」
「……。」
レオンが憮然とした態度でそっぽを向く。
不機嫌そのものといった反応には、セシルも苦笑を返すしかなかった。
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