【本編完結】訳あって王子様の子種を隠し持っています

紺乃 藍

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12. 身代わり王子の憂鬱

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「偽者……? お兄様が〝アレックス〟様……?」

 アレックスの言葉を反復するセシルだが、頭の中は未だに混乱している。

 棺の中に眠る男性が『アレックス』だというのなら、隣にいる彼は何者なのだろう。偽者、とはどういう意味だろう。

 セシルの疑問と不安に反応するように、握った手にまた少しだけ強い力が込められる。

 アイスブルーの瞳が静かに揺れる。セシル以上に強い不安を秘めたように。己の存在を否定されることを恐れるように。

「俺の本当の名前はレオン」
「レオン……様?」

 アレックス――ではなく『レオン』と名乗った彼は、セシルが名前を呼ぶとほんの少し表情を緩めて「ああ」と短く頷いた。彼の小さな微笑みを間近で見つめたセシルは、その麗しい姿に見惚れつつ率直な疑問を口にする。

「ええと、レオン様は王子殿下ではない……ということですか?」
「いや、俺も一応は王の子だ。ただし、兄とは母親が違う」
「お母様が、違う……?」
「アレックスの母親は正妃フローレンス。俺の母親はメリアンナ……元々は街の踊り子だった」

 レオンの説明に、ごくりと息を飲む。

 セシルの父は元々城勤めの貴族で、その息子であるセシルも一般人よりは城や王族の事情に明るい。と、自分では思っていたが、そのセシルでさえ全く知らない存在にただ驚く。

「正妃フローレンスがアレックスを出産する少し前、母は王の子を――俺を身籠った」

 初めての出産を控えた当時の正妃フローレンスは、随分と気が立っていた。不安に苛まれると侍女や家臣だけではなく、王にも負の感情をぶつけていた。王はそんなフローレンスの苛立ちから逃げるようお忍びで街に出ては、密かに遊び歩いていた。

 そこで出会ったのがレオンの母である踊り子のメリアンナ。王に望まれた彼女も程なくしてその身に子を宿したが、王はフローレンスの激昂を恐れ、子の存在を口外にしないようメリアンナに固く誓わせた。

 メリアンナとレオン母子は貧しくも賑やかに街で過ごしていた。だがレオンが四歳になった頃、レオンより一年ほど早く生まれていた第一王子アレックスが、重度の魔力欠乏症に倒れて長い眠りについた。

 王室はアレックスの状態を一年間は隠し続けた。だがこれ以上は隠しておけない……しかし事実をそのまま公表すると、世継ぎの不穏が露見し国民を不安にさせる。そればかりか後継者争いの火種が生まれ、国政が乱れる恐れすらある。

 そう判断した王と王室は、これまで五年間一切の関わりを断っていたメリアンナとともに、王の隠し子であったレオンを王城へ迎え入れた。当然フローレンスは怒り狂ったが、背に腹は変えられぬと周囲になだめられてどうにか怒りをおさめた。

 とはいえメリアンナは側妃として迎えられたわけではないし、レオン自身にフローレンスの子として振る舞うことを求めたわけでもない。

 王室はただ、幼いレオンに『アレックス王子』として振る舞うことを強要した。レオンとメリアンナを物理的に引き離し、アレックスの持つ知識や経験、彼の好みや言動や仕草を模倣させ、『アレックス』の母は『フローレンス』であると説いた。そうして一般市民だったレオンを王子に仕立て上げ、レオンをアレックスが目覚めるまでの『繋ぎ』にしようとしたのだ。

「俺は兄アレックスの身代わり――というより、成り代わりと言った方が正しいか」
「そんな……」

 王室のあまりにも身勝手なやり方に、淡々と語るレオンよりもセシルの方が愕然とする。

 そんな理不尽など、幼い頃ならばまだしも、成人した今なら拒否してもいいと思う。王の身勝手で作り出された状況を、息子といえどレオンがすべて背負う必要はない。

 セシルはそう感じてしまうが、レオンの母メリアンナは幽閉に近い形で王城に留まることを強制され、常に行動を監視・制限されている。母を人質に取られたレオンは、この運命から逃れるわけにもいかないのだろう。

「王家の連中は国民を騙してる。……そして俺も、民を騙している者の一人だ」

 レオンの言葉はたしかにその通りかもしれない。これまでレオンと接してきた人々は皆、彼が第一王子であり、ゆくゆくは王太子、そして王になる存在だと思っている。セシルと同じく、同時期に王立貴族学園に通っていた同級生たちも全員そう信じているだろう。

 だがその状況を作り出したことに王家の責任はあっても、レオンに責任があるとは言い難い。生まれたときから父親の存在を秘され、わずか五歳のときに母親と引き離され、母のためだと説き伏せられて嘘をつくことを強要されたのだ。

 事実を知れば誰もレオンを責めないだろう。少なくとも、セシルにはレオンが民を騙しているひどい王子だとは思えなかった。

「それに騙しているのは本物の第一王子が眠っていて、偽者の俺が成り代わっていることだけじゃない」

 レオンがふと呟いた言葉に顔を上げて瞠目する。レオンの表情は未だ苦虫を噛み潰すようだ。

「マギカ・リフォーミング」
「……え?」
「変だと思わないか? マナを回復させるために魔法が使えない日を設けるなんて」

 レオンの説明に小首を傾げる。

「魔法研究が進んだ今、自然界の力を回復させる技術なんていくらでも開発できそうなものだろ。それにわざわざマナの供給を停止しなくても、年に数回魔法の使用を控えるように呼びかければ、マナの回復は十分図れるはずだ」
「た、確かに……」

 我が国の魔法研究は周辺諸国と比べても群を抜いて秀でており、魔法を日常生活や医療に役立て、軍事や政治交渉に利用する技術も優れている。

 しかしいつからか始まった年に一度の魔力の改修マギカ・リフォーミングだけは、不便で非効率的であるにも関わらず毎年のように実施されている。これまで政策が非実施となった年はないし、現在の方式が改善された試しもない。成人したすべての国民が対象となり、体調を崩したり仕事ができなくなる者も多いというのに、いつまで経ってもこの不便な政策は進化しないのだ。

「それじゃ、足りないんだ」

 レオンがはぁ、と漏らしたのは、彼の憂鬱な日々を体現しているかのように重く苦しく深いため息だった。

「魔力欠乏症で眠ったアレックスは、一年に一度魔力とマナを大量に流し込むことで力と栄養を確保して、生命を維持している」
「!」

 レオンの呟きはまたもセシルに衝撃を与えた。

 黒い台座に乗せられたガラスケースの中で眠るアレックスは、セシルやレオンより年上とは思えないほど細く小さい身体つきだ。

 だが長い眠りについた年齢の、五歳の年の頃にも見えない。おそらく人間の男性が最も顕著に成長するとされる年齢の少し前……十二歳から十四歳ぐらいの身体つきであると思われる。

 セシルの生まれ持った特殊魔法のように、完全に時間が止まっているわけではない。眠り続けるアレックスだが、彼は飲食を伴わずに十歳近くの成長を遂げているのだ。

 その理由は彼の身体に生命維持と成長が可能な量の魔力とマナを、一気に与えているからだという。

「え、じゃあ……」
「ああ、そうだ。マギカ・リフォーミングの本当の目的はマナの回復なんかじゃない。王と正妃の唯一の息子……本物の第一王子・アレックスの生命を維持するためだけに行われてるんだ」

 レオンの説明に、セシルは言葉を失って固まってしまう。それは『嘘をついている』というレベルの問題ではない。

 マギカ・リフォーミングは大自然の恩恵であるマナを守り、これからも魔法を使い続けるために必要な措置だと説明されている。そう信じているからこそ、人々は魔法の使用を停止し、仕事を休んだり予定をずらしたり、体調不良に耐えている。中にはセシルのように魔法が停止することで大きな問題が生じる人もいるかもしれないが、それでも現状を受け入れて耐え忍んでいるのだ。

 それすら王室の〝嘘〟だなんて。

 だからと言ってマギカ・リフォーミングを完全に止めて、アレックスの生命維持に必要な措置を中止しろとは言わない。

 しかし国民に相当の不便を強いている以上、国王や王家はその事実をしっかりと説明するべきではないだろうか。国民のため、自然のため、と偽りの理由を並べるのではなく、本当の理由を公表することが多くの犠牲を得ていることへ贖いなのではないのか。

 もちろんこれもレオンのせいではない。むしろ嘘に嘘を重ねることに加担させられているのだから、彼も被害者のようなものだ。母親が違うとはいえ、兄が長い間眠りにつくという不安に苛まれているはずなのに。

「心配ですね」
「心配……さあ、どうかな」

 セシルの問いかけに、レオンがフンと鼻を鳴らす。

「兄とは一度も話したことがない。俺が王城に来たときには、もう眠ってたからな」

 そう言ってふんぞり返るレオンはセシルのよく知るわがままで冷たい印象の王子様だったが、これが彼の本心ではないことはすぐに理解できた。その証拠にレオンはすぐに表情を緩めて、セシルの頭をクシャクシャと撫でてくれる。

「まあ、今はかなり回復して、魔法循環機能も安定してきてる。主治医と専門の研究者の見解では、何かのきっかけで目覚めてもおかしくはないぐらい状態は良好らしいからな」
「よかったですね」
「ああ、あと少しだ」

 レオンの呟きに、ほっと安心して頷き返す。血の繋がりが半分とはいえ、兄を心配する気持ちもあるだろう。ならば容態が安定してもうすぐ目覚める可能性があるという事実は、レオンにとっても喜ばしいはず。

 だが違った。彼の本当の望みは、兄の目覚めそのものではないらしい。

「あと少しで自由になれる。欲しいものを手に入れられる。アレックスが目覚めて王室から解放されれば、俺はわがままを言えるようになる」

 そう言ってセシルを見つめる視線には、また熱い温度が秘められていた。

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