9 / 37
9. 王子様は話をきかない
しおりを挟む「お前な、叫ぶことじゃないだろ」
「え……? ……あっ」
アレックスに呆れた声を出されて自分の失態に気付いたセシルは、遅いと知りつつ慌てて自分の手で自分の口を塞いだ。確かに『子種が溢れて出てきてしまう』なんて、いくら焦っていたとはいえ大声で、しかも学園内で叫ぶ台詞ではないだろう。
口を押えたまま恐る恐る視線を上げると、目が合ったアレックスが表情を緩めた。そのまま自らの顎を撫でつつ、ふむ、と納得したように数度頷く。
「もしかして、六年間ずっと魔法を使った状態でいたのか?」
「当たり前じゃないですか。使い続けていないと、隠したものは身体の外に出てきてしまいます」
聞くまでもない当然のことをあえて確認してくるアレックスに、ムッとしつつ答える。そんなセシルの態度を確認したアレックスが、突然声を立てて笑い出した。
「ふっ……く、くく……。ああ、そうか……ずっとか」
「何がおかしいんですか? アレックス様がそうしろと仰ったんじゃないですか」
「確かにそうだな。ああ、でもセシルは六年間、ずっと俺のことを考えてきたんだな」
「!?」
「そうか……はははっ」
周囲に冷たい印象を与えるアレックスだが、屈託なく笑う姿にはどこか愛嬌がある。勝手に、アレックスは表情を形成する筋肉がまったく動いていないのでは? と感じていたが、彼の笑顔はあの日と何も変わっていない。嬉しそうな表情は、セシルが知っているアレックスの優しい一面だった。
「けど、そうだな……マギカ・リフォーミングか……。確かに、これ以上お前を子種だけで繋ぎとめておくことは難しいか」
「……え?」
アレックスがぽつりと呟いた言葉に反応して首を傾げる。芸術品のように美しいアレックスと見つめ合う。
誰もいない教室棟の裏庭は静かで、月明かりに照らされたアレックスの姿はどこか幻想的で、まるで時間が止まってしまったように錯覚した。
「俺もだ」
その夢か幻なのではないかと思う存在が放った言葉に、セシルの動きがぴたりと止まった。
「俺も、六年間ずっとお前を想っていた」
「……は?」
アレックスが明確に呟く。しかしセシルに言葉の意味は理解できない。
彼は何を言っている? 六年間ずっと想ってきた? ――そんなはずはない。
子種を預かって欲しいと言われて実際に受け取ってからこの六年間、アレックスからセシルに接触してくることはただの一度もなかった。それどころか受け取った直後から完全に無視され、話しかけようとしても綺麗に避けられていた。つい最近も同じような態度を取られたばかりである。
だからこそ、セシルは子種の扱いに困っていた。アレックスがセシルを無視するなら、マギカ・リフォーミングをきっかけにこの子種も手放すべきだと考えていた。これまでの態度が彼の本心なら、現実を受け入れるしかないと思っていたのに。
諦める、つもりだったのに。
(なのにまた、そうやって……!)
一度経験しているから、わかっている。アレックスの態度や表情や言葉をそのまま受け入れると、セシルはまた振り回されてしまう。彼の態度に一喜一憂しても、自分だけが疲弊すると自覚している。
だから彼の話を聞き入れるつもりはない、と身構えていたのに。
「俺は王位を継ぎたくない。王になるつもりはない」
アレックスがぼそりと呟いた言葉は、あまりに衝撃的だった。言っている意味がわからない。セシルの思考と動きが完全に停止する。
「だから俺は今、王位継承権を放棄するために動いている」
「!?」
セシルの心情を知ってか知らずか、アレックスがさらに衝撃的な告白を重ねてくる。セシルの疑問と動揺は言葉にならなかったが、表情には出ていたらしい。それを確認したアレックスがさらに言葉を続けた。
「国王になれば後継者を成さないわけにはいかない。だが王にさえならなければ、子をもうける必要はなくなる。婚姻も必須ではない」
「な……」
「だからセシルと一緒になるために、継承権を放棄し……」
「やめてください!」
決定的な台詞を口にしようとしたアレックスの言葉を、大声を出して無理矢理遮る。そうでもしなければアレックスの信じられない主張は続き、セシルはまた答えの出せない悩みを抱えなければなくなる。誰にも打ち明けられない秘密を抱えて、さらに何年も苦しむことになる。
だから強引に遮って、彼の話を寸断した。
聞きたくない、という明確な意思表示だ。
「……アレックス様は、身勝手です」
アレックスには姉や妹はいるが、兄や弟はいない。王女が継承権を持たないこの国では、王子であるアレックスだけがたった一人の王位継承者だ。きっとさぞ甘やかされて育ってきたのだろう。これまでどんなわがままも許されてきたはずだ。
しかしさすがのアレックスでも、王位継承権を放棄するというわがまままで許されるはずがない。
王女がいるので王家の血が完全に途絶えることはないと思うが、脈々と受け継がれてきた男性王族による直系の王政は途絶えることになる。また本来は継承権のない王女たちが政の表舞台に立つことになれば、彼女たちの夫になりたがる者やそれを手引きしようとする者が出現し、必ず国が荒れることだろう。アレックスがその主張を口にすれば、方々への影響が計り知れない。
だがセシルが感じているアレックスの最大の身勝手は、政への影響ではない。もちろんそれも大事だが、現国王が健勝のうちは大慌てて心配することではない。
セシルが不満に思うのは、彼があまりにも身勝手で、セシルの気持ちを一切考えていないことだ。
「そうやって振り回すの、よくないと思います……」
セシルはアレックスが国の頂点に立つことを、陰ながら応援したいと考えていた。彼の言葉や態度から国の未来を想う気持ちを感じとったからこそ、本来ならばありえない提案を受け入れて、彼に協力するという選択をしたのだ。
そこにアレックスへの恋心や彼からの信頼を得たい、役に立ちたいという下心があったことも、事実ではある。けれど何より彼に幸福であってほしかった。アレックスが立派な王として国を統べることこそが、叶わない想いが報われることだと信じていた。
しかしアレックスのわがままは、セシルのほのかな恋心や信頼を打ち砕くほどの衝撃だった。今さら王になるつもりはない、だなんて、言っていることがめちゃくちゃすぎる。それがたとえ、『セシルと一緒になりたい』という理由だとしても。
「そんなの、わがままですよ」
ひどい王子だと思う。わがままで身勝手がすぎると思う。多くの臣下や民を抱える身分にあって、それらをすべて投げ出して一人の男を選ぼうだなんて。
しかしそれと同じぐらい、自分もひどいと思う。国民が安全で便利な生活を営むことを目的とした魔法研究機関に勤めているくせに、その研究目的や理念よりも個人の感情を優先しようとするなんて。
アレックスの気持ちが嬉しい、と思ってしまうなんて。
「セシル……お前……」
「っ……」
アレックスの指先が額に触れる。前髪を退けてセシルの表情を確認したアレックスが言葉を詰まらせる。
その声を聞いた瞬間、今の自分がひどい表情をしているのだと気がついた。顔が熱い――きっと内に秘めた考えや感情が、すべて駄々洩れになっている。
ハッとした勢いのまま、アレックスの手を振りほどいて距離を取る。見つめ合うとアレックスも照れたような困惑したような表情をしていた。だがそれ以上の言葉を聞く前に、セシルはくるりと踵を返してそのまま走り出していた。
「おい、セシル……!」
背後でアレックスが呼び止める声がした。けれど振り返ることは出来ず、一生懸命に足を動かしてその場から離れる。
同じく学園内の構造を熟知しているアレックスに本気で追いかけられたらセシルには成す術もなかったが、幸いアレックスはセシルを追いかけてこなかった。
「もう、訳がわからない……」
裏庭から遠く離れた場所まで来ると、誰もいない渡り廊下の柱にもたれて文句のような愚痴のような台詞とため息を零す。
アレックスに隠匿の魔法が解けてしまうことを伝えれば、決心がつくと思っていたのに。事実を伝えたら余計に何が何だかわからなくなってしまった。
わからない。アレックスの考えも、感情も、結局自分がどうしたいのかも。
慣れない全力疾走をしたせいで、全身から汗が噴き出てくる。だが何よりも熱いのは、やはりお腹の中にある恋しい人の分身だった。
11
お気に入りに追加
548
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる