御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

紺乃 藍

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◆ 第3章

【番外編】 家政婦はなにも見ていない 1

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※ おまけの番外編のため読まなくても本編のストーリーは繋がります。いちゃついてるだけなので読み飛ばしてもOKです。



 翔と恋人として正式に付き合うことになったが、美果の家政婦の仕事はこれまでと何も変わらない。

 毎日同じ時間に出勤して翔を送り出し、任された家事を完璧にこなし、同じ時間に退勤する。互いの休みが合うときは家事のあとそのまま滞在して翔と一緒に過ごすこともあるが、それもまだ一、二度の話だ。

 クーラーが効いている室内でもほんのり蒸し暑さを感じる夏の午後、美果はいつもと同じく家中のフローリングにドライモップをかけていた。キッチンスペース、リビングルーム、ダイニングスペース、廊下、翔のベッドルーム――と、いつものルーティン通りに進んでいた美果は、モップの柄が何かに引っかかったことに気がついた。

「ん?」

 コン、と小さな音とともにモップの進行が止まったので視線を下げる。するとベッドの下にある収納スペースの引き出しが、ほんの数センチ開いているのが目に留まった。

 翔のベッドはダークブラウンのベッドフレームとその上に置いたマットレスを合わせると、総額が七桁を超える超高級品である。本人いわくベッドにもあまりこだわりがないらしく、薦められたものを適当に使っているとのこと。だが美果は、硬すぎず柔らかすぎない最高品質のマットレスと、高級感あふれる木目が美しいベッドフレームの組み合わせをひそかに気に入っていた。

 ベッドには高さ二十センチほどの収納スペースがあり、そこにシーツや枕カバーの洗い替え、寒い時期に使用する布団の中敷きなどを収納している。

 その引き出しが何かの拍子に開いていたせいでモップが引っかかってしまったらしい。しかし今朝翔を起こしたときは空いていただろうか? 気づかなかった、と疑問に思いつつ身を屈めた美果の視界に、ふと意外なものが映り込んだ。

「? これなんだろ?」

 引き出しの隙間に挟まっていたものをひょいっと拾い上げてみると、それは何の変哲もない、ただし美果は一度も見たことがない、ダークブルーの小さなポーチだった。

 スマートフォンを入れたら丁度ぴったり合うぐらいの大きさだろうか。柔らかいポリエステル素材のマチのない長方形のポーチは、なぜか側部についているファスナーが開きっぱなしになっていた。

「翔さんの、だよね……?」

 天ケ瀬家に入ってはいけない場所はないし、開けてはいけないものもない。家事をする上で必要のない場所や物を何でも開いて確認するつもりはないが、逆に家事をこなすために必要ならどの部屋に入っても何を開いても構わないことになっている。

 もちろんシーツの洗い替えが収納されているこの引き出しも開けていいし、美果も何回もここを開いている。だから引き出しから飛び出したポーチを拾って、その中身を確認しても何も問題にはならない。むしろ汚れているのなら洗濯をするべきだろうし、たまたまそこに落ちてしまったものを発見したのなら翔にちゃんと渡すべきだろう。

「! こ、これって……」

 そう思って何気なくポーチの中を覗いた美果は、中に入っていたいくつかのプラスチックフィルムの小袋に驚いて思わず目を見開いた。

 小さな袋は美果にも見覚えがある。これは翔が美果をベッドに誘ったときに使う〝避妊具〟だ。

「うわ……わぁ……あ」

 タテヨコ五センチほどの正方形のプラスチックフィルムの表面には、面積いっぱいの大きな文字で『0.02』と書かれている。後ろを見るとフィルムの中に丸いリングと薄い膜が収納されているのがわかる。

 思わずびくっと驚いて、その後はしん……と黙り込んでしまう。

(そういえば、どこから出したんだろう、って思ってたけど……)

 こんなところに入れてたんだ、とぽつりと呟く。

 いつも美果を巧妙にベッドへ誘う翔だが、いざその瞬間が訪れると、最初は持っていなかったはずのものをいつの間にかちゃんと手にしている。

 まだまだ経験不足で余裕がない美果は、翔の手の中に突然現れる『これ』を手品のように思うか、そもそも挿入される瞬間まですっかりと忘れていることが多い。当然、こうして実物をまじまじと眺めたことはなかった。

(これが……えっちするときに……)

 手に握ったプラスチックフィルムをじっと見つめてみる。ゴム、というぐらいだから伸縮性に優れているのは間違いないが、この小さな袋に入った薄いリングと膜が、大きく膨らんだ男性器を包み込めると思うと不思議でならない。

(この前はよく見えなかったけど、グリーンなんだ……)

 表は黒地に白い文字で数字が書かれているが、パッケージの裏は透明になっている。中に収められたリングと膜は緑色だが、普段はそんなことを注意深く観察する余裕もない。

(って、あれ? ピンクもある。……これ色違い、必要?)

 避妊具のパッケージはキリトリ線があり一つずつ切り離せるようになっているが、いくつか連なっているそれの隣を見ると、なぜか色は緑ではなくピンクだ。その隣はまた緑なので、どうやら交互にパッケージされていると思われる。

 しかしなぜ、色が違うのだろう。今日はピンクの気分、今日はグリーン、のような使い分けが可能なのだろうか。

(ピンクが一個ない……ってことは翔さん、この間はピンクの気分だったのかな)

 ピンクの気分ってなんだろう、と自分の疑問にさらに疑問を持つ。

「はぁ……何してるんだろう私……」

 だがすぐに、それ以上深追いするのは止めることにする。

 本当はどうして中に液体が入っているのか、乾かないようにするためなのか、0.02の文字が何を意味するのか、と不思議に思うことはいっぱいある。

 そしてなにより、昨日掃除したときはなかった、あるいは気がつかなかったものを、今日になって突然発見した状況を疑問に思う。

 昨日、新たに買ってきてここに補充したのだろうか……と考えたところをで、恥ずかしさのあまり思考が途切れた。もう一度深いため息を吐いた美果は、モップの柄をぎゅっと握ってぐっと顔を上げる。

「見てない! 私はなにも見ていない!」

 誰も聞いていないというのに、大きな声を出してそう宣言したのは自分の思考を完全遮断して気持ちを切り替えるため。手にしていた小袋をポーチの中に戻してと、折り畳まれた洗い替えシーツの上にそれを置いてそっと引き出しを閉じる。

 自分の下腹部が少し疼いていることには気づかないふりをして掃除を再開した美果は、自分が開けたパンドラの箱の正体には――翌朝まで気づくことができなかった。


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