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◆ 第5章

68. ご機嫌ホリデーのあとは 前

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 楽しかった数日間のあれこれを思い出しながら、航空機の小窓の外に遠ざかっていく景色を眺める。

 美しい海と空の楽園ハワイには思い描いていた以上の世界が広がっていて、美果と翔は大自然が織りなす絶景を心ゆくまで楽しんだ。

 青にも蒼にも碧にも煌めく渚を気が済むまで写真に撮り、水面がきらきらと輝く波の間を翔と一緒に泳ぎ、黄金色の水平線に太陽が沈んでいく様子を二人で並んで眺め続けた。

 夜になったら星を散りばめた壮麗な宙を見上げ、静かなさざなみを聴きながら手を繋いで暗い海辺を散歩した。ぐっすりと眠っている翔の腕の中から、窓の外の穏やかな朝焼けもこっそりと楽しんだ。

 それに二人が楽しんだのは、景色だけではない。地元の人がおすすめする巨大なハンバーガーも食べたし、テレビや雑誌で取り上げられている有名なパンケーキも食べた。穴場のカフェで本場のコナコーヒーも飲んだ。

 不満といえばマラサダを頬張る美果の口の周りについた粉砂糖を、人目も気にせずキスして舐め取られたことぐらい。けれどむくれる美果にお詫びだといって用意してくれたカクテルが甘酸っぱくて美味しかったので、翔のいたずらは許してあげることにする。

 美果は父と交わした約束を叶えられた。両親が愛した景色を自分の目で見て、自分の肌で感じて、自分の手で写真に残したい――そのささやかな願望を達成し、SDカードの容量と美果の心の中は今、美しい色彩で詰め込まれている。

 撮り溜めた写真は三百六十五枚をゆうに超えている。近いうちにアルバムを作って実家の仏壇に供えたいと思っているが、数が膨大すぎて選ぶのが大変そうだ。

「そういえば、森屋さんへのお土産ってマカダミアチョコレートだけでよかったんですか?」

 二人の間にある肘掛けに頬杖をつき、美果と同じく外の景色を眺めていた翔にそっと訊ねる。

 今回のハワイ旅行を計画したとき、誠人が翔のスケジュールを調整してどうにか休暇をとれるよう尽力してくれたと聞いた。なのにお土産が一番有名なマカダミアナッツチョコレートだけとは、あまりにも簡素すぎる気がする。

「十分だろ。あいつチョコレート好きだしな」
「な、なるほど……?」

 翔が鼻から息を漏らしながら呟くので、内心『そういう問題?』と思いながら頷く。

「俺が休みの間は、あいつもほぼ休暇だしな」

 翔いわく、今回の翔の休暇は誠人にとっても少しだけ特別な意味を持つらしい。ふと表情を緩めた翔が、くつくつと喉で笑う。

「誠人も、俺がいない間にどう口説こうかと必死だろうからな」
「?」

 翔の言葉には主語がなかったが、話の流れから考えるにどうやら誠人にも意中の相手がいるらしい。翔が不在になることや休暇を得ることと、誠人がその相手にアタックすることに何の因果関係があるのだろうと思うのだが。

「兄の俺から懐柔する作戦に切り替えて、早十年ってとこか。ま、俺が身を固めればあいつも少しは動きやすくなるだろ。誠人も美果に感謝しなきゃな」

 ふと翔が語る言葉で、美果もピンと閃く。

(もしかして森屋さんの好きな人って……!)

 美果の脳裏に、以前一度だけ会った女性の顔が思い浮かぶ。『仕事に生きたい』『結婚するつもりもない』『人付き合いも最低限』と語っていた彼女が誠人の想い人なのだとしたら、確かに相手の兄であり自分の上司である翔の休暇は絶好の機会なのかもしれない。

 わくわくと緊張しながらさらに仔細を訊ねようとしたが、見つめ合った翔は笑顔になると、そのままさらりと話題を変えてきた。

「初めてのハワイはどうだった?」

 翔に問いかけられ、はっと我に返る。美果の感想を待って楽しそうに微笑む翔の姿を認めると、今この場にいない二人の姿はそっとどこかへ隠れてしまった。

「とっても楽しかったです。翔さんと一緒に来れてよかった。いつかまた来たいです」

 その言葉は紛れもない美果の本心だ。

 憧れの地を巡って思うままに写真に収める旅は、想像の十倍も百倍も楽しかった。この愛おしい時間を翔と共に過ごせることが嬉しかった。またいつか、こうやって彼と一緒にハワイに来たいと心の底から思えた。
 
「ありがとうございます、翔さん」

 最高の贈り物をくれた翔に、改めてお礼の言葉を伝える。こうやって美果の夢や望みを叶えてくれることに、美果に溢れんばかりの幸福を与えてくれることに、美果の喜ぶ姿を見たいと言ってくれることに、感謝してもしきれない。

 それに美果に永遠の愛を誓って、これからの人生を共に歩みたいと言ってくれたことも。

 ふと視線を下げると、肘掛けに乗せた左手の薬指にダイヤモンドが輝いている。美果に気づかれないようにサイズを確認して、今回の旅行までにちゃんと準備し、最高のタイミングでプロポーズをしてくれたことに深い愛情を感じる。

 愛され過ぎて、怖いと思うほどに。

 でも嬉しい、と思いながら右手の人差し指で煌めく宝石を撫でていると、翔がふと真剣な声で美果の名前を呼んだ。その声に反応して顔を上げると、すぐ傍にいる翔とじっと見つめ合う。

「美果、大学に行き直さないか?」

 ごくあっさりとした口調で示された提案に、一瞬言葉を失う。数秒遅れてどうにか「え?」と声を発することは出来たが、それ以上の音が出てこない。

 驚く美果の代わりに、翔が沈黙の隙間を埋めてくれる。確信と、美果への愛情を秘めて。

「今回、美果の姿を見てて思ったんだ。美果は本当は、『カメラを通して見る世界』じゃなくて『本物の世界』を知りたがってるんじゃないか、って」
「え? ……っと?」

 美果が困惑の声を発すると、翔が一旦話を止める。それから言葉を選ぶように、けれど美果の戸惑いを拭うように優しい声で諭してくれる。

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