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◆ 第5章
31. 愛には真心が、恋には下心がある 後編 ◆
しおりを挟むきっと最初は、できるだけ将斗の希望に応じたいという、使命感のような気持ちだった。けれど彼の熱を感じているうちに小さな感情が少しずつ変化し、やがて彼のすべてを受け入れたいという想いが芽生え始めた。
自分が気持ち良くなりたいからではない。ただ快感を得たいという理由ではなく、将斗の想いに触れたい、彼の熱をこの身体で知りたい、と考えたのだ。
「まさと、さ……」
「ん?」
そんな自分の感情の変化に気づく前に、七海は将斗に向かって両腕を差し伸べていた。
小さく首を傾げながらも、優しい笑顔を浮かべて身体の位置を下げてくれる。だから将斗の首に腕を絡ませて力を込めると、将斗の耳元に唇を近付けた。そして感じるまま、思うまま、心の中にぽつりと浮かんだ言葉を音として紡ぎ出す。
「――き……」
「っ……!」
けれどそれが明確な台詞になる前に、将斗が腰をくんっ、と引いて七海の中から抜け出ていった。
「……え? 将斗さ……ん?」
「っとに……破壊力やばいな……」
ぼんやりと熱に浮かされたまま視線を上げる。すると身体を起こしてベッドの上に膝立ちになった将斗が、自分の手で口元を覆い隠しながら困ったようにそう呟いた。
突然の解放に驚く七海は言葉を失うばかりで、最初は何が起こったのかまったく理解が出来なかった。
きょとんとする七海の表情を確認した将斗が、はあ、とため息をついて少し汗を含んだ前髪をかき上げる。
「いや……やっぱりいい。七海が本心から俺を好きだと言ってくれる日まで、楽しみにとっておく」
夫の色っぽい姿を見上げて困惑する七海だったが、憂いを帯びた表情を引っ込めた将斗は、にやりと笑みを浮かべるだけ。とりあえずSっ気たっぷりに妻に『好きだ』と言わせる遊びは終了したらしい。
ほっとしたような、逆に大事なことを伝え損ねて消化不良を起こしたような微妙な気持ちに囚われていると、将斗が自分の腰に引っかかっていた七海の脚をそっと退かした。
だからもうえっちは終わりかな? とぼんやり考えていると、七海の腰を掴んだ将斗が手にぐっと力を込めた。
「いつか絶対、七海の方から言わせてやる。けど今は……」
「えっ……え?」
「ほら、後ろ向け」
将斗の次の命令は、仰向けになっている七海が体勢を変えることだった。脚と腰を掴まれて身体をくるんとひっくり返されると、シーツの上に胸と腕をつけて這いつくばる姿勢にさせられる。
さらに膝を内側に折り畳むよう誘導されながら腰を斜め上に引っ張られたので、七海の顔にかぁっと熱が走った。将斗の誘導が後背位で愛するためのものだと気づいた直後、膨張した将斗の熱塊を後ろからじゅぷんっと突き入れられた。
「ひあ、あっ……!」
濡れた秘部は将斗の剛直を簡単に受け入れることができたが、それよりも体勢が恥ずかしい。腰を掴まれて最奥をついた陰茎を抜けないぎりぎりのところまで引き抜かれると、そこからもう一度奥深くまで腰を入れられる。
「ふぁ、あっ……あッ……!」
その緩やかな前後運動が少しずつ深さと速度を増すたびに、七海の喉からは発情した猫のような甘え声が溢れ出して、腰と背中も淫らにしなる。
だが将斗は七海の恥ずかしい反応も堪能しているように、七海が高い声を上げれば上げるほど肉棒の固さと質量を増していく。
「あ、あっ……だめ、まさとさ……ぁん」
じゅぷ、じゅぼ、ぐちゅん、と秘蜜の音が結合部から溢れ出す。腰を高く掲げた四つ這いで後ろから挿入される姿勢は、正常位よりも密着感が足りず膣内に空気を入るせいか、耳に届く音がやけに大きくて恥ずかしい。それに肌同士がぶつかる面積が広いせいか、深く突かれるたびに響く音も普段より大きく感じる。
ただ七海としては、将斗が甘く囁く台詞や表情の方がよほど恥ずかしく感じてしまう。
「好きだ」
「!」
「可愛い……愛してる、七海」
耳元で何度も愛の言葉を告げる将斗から、過剰な熱と羞恥を与えられる。やっぱりいい、と言っていたのに止まる気配のない熱烈な告白に、獣の交尾のような姿勢よりもよっぽど照れて恥ずかしい気持ちを覚える。
「なんで……さっき、言わない……って」
「違う。無理強いして、七海に言わせるつもりはない、ってだけだ……。っ俺は、何回でも言うぞ? ――本心だからな」
なるほど、先ほどの「やっぱりいい」は、七海に言わせるのを止める、という意味で、将斗自身が口にするのを止める、という意味ではないらしい。……なんて納得はできない。
将斗が背後から覆いかぶさってくると、七海の背中に彼の筋肉質な腹や胸がぴたりと密着する。そのまま前後に揺さぶられると、逞しい身体に包み込まれて激しい愛撫を受けている気分になる。
「七海、好き」
「!」
いつか友人たちが口にしていた『支倉社長はイイ身体してる』との台詞を思い出している場合でもない。耳のすぐ後ろで囁かれたさらなる愛の告白に、七海の蜜穴がきゅうぅんと甘く収縮する。
「っ……愛してるよ、七海」
「やぁ……将斗さん、だめ……っ」
温かく優しい告白とは裏腹に、七海の腰を抱えて繰り返される抽挿は、あまりにも激しい。濡れた音と乾いた音が響くベッドルームに、将斗の強い願望も混ざり出す。
「早く、俺だけのものになってくれ」
「あっ……、あっ、ひぁ、あぁ……っ」
ゆっくりと耳の中に注ぎ込まれる求愛に反応して、二人の結合部にも強い摩擦が生じる。力が入ってそこを締めつけてしまうと、刺激に耐えるように将斗が七海の首の後ろにキスを――というより、じゃれつくよりもやや強めに噛みつかれる。
「離婚なんて、絶対にしない……このまま一生、俺の傍にいてもらう……」
「っや、ぁ……ぁあん!」
将斗に与えられる刺激のすべてが快感に変わる。腰を掴んでいた右手が七海の右胸を下から包み込んで先端を捏ね回す刺激も、小刻みに何度も奥を突く動作も、七海の手を上から押さえるようにがっちりと掴む強さも、すべてが快楽を極める材料になる。
「あ、あっ……ふぁ……ぁん」
将斗の陰茎に蜜壁をごりごりと擦りあげられ、股の間――下腹部の奥から甘い熱がじわじわと広がってきた。その熱い感覚が散々擦られて膨らんだ陰核の内側で増幅すると、迫りくる絶頂の気配に背中を震わせる。
無意識に力んだときに生じた刺激が伝播したのか、背後から七海の身体を抱いていた将斗が一気に抽挿のスピードを上げた。深い抽挿に最奥を突かれ、七海の身体がびく、びくんっと激しく収縮する。
「あ、ぁ、ああ……んっ……!」
「七海……っななみ……!」
「ああ、っぁ……ああぁあ――っ」
このままだと達してしまう――そう思う間もなく、パンと弾けた快楽に溺れ、将斗の肉槍を締めつけるように絶頂を迎える。愉悦の渦に飲み込まれて快楽の頂を登っていると、短い呻き声を噛み殺した将斗の腰も、後を追うようにビクビクッと震えた。
ドク、ドプ、と精を注がれた七海は、麻痺した淫花の中に濃い蜜液の存在を感じ取った。ただし感覚が鈍った七海の秘部と精蜜の間には薄い膜を介しているので、直接触れ合うわけではない。
七海を欲しているという将斗は、この熱を七海の中に直接注ぎ込むことも望んでいるのだろうか――そんな恥ずかしい問いかけを口にすることはなかったが、聞かなくても答えは示された気がする。
「ああ、可愛い……好きだ、七海」
「まさとさ……」
脱力した身体の中央から将斗の熱棒がずるぅ、と抜け出ると、そのままころんと身体をひっくり返される。すっかりと力が抜けて指先を動かすことさえままならない七海の顎を持ち上げると、優しく微笑んだ将斗がそっと唇を重ねてきた。
七海にキスをして身体をぎゅっと抱きしめてくる将斗の背中に手を回そうとして――ふと動きを止める。
これはただの夫婦の営みだ。偽装であれ本物であれ、夫婦として戯れて触れ合っているに過ぎない。将斗が『今はそれでいい』と言ってくれるように、七海もそれでいいと思っているはず。
思っていた、はずなのに。
将斗の背中に手を回して『嬉しい』と伝えたら、きっと彼も喜んでくれるだろう。朗らかで豪快な人柄と端正に整った外見に合う、ひだまりのような笑顔を七海に向けて、彼も『嬉しい』と言ってくれるだろう。
けれど今ここで、将斗の想いが嬉しいと伝えてしまったら。
(て、照れて仕事じゃなくなる……っ!)
七海の心はゆっくりと、けれど確実に『尊敬』や『親愛』から別の感情に変わりつつある。
ただし上司と部下の間には――契約上の関係には芽生えない感情があるかもしれないと将斗に知られると、間違いなく彼のスキンシップは今よりも激しくなる。
今夜の彼の様子を見るに、将斗は相当愛情深い人なのだろう。ただ七海がこれまで気づいていなかったというだけで。
それがさらに加速したら、七海はきっと仕事どころではなくなってしまう。
使用済みの避妊具を外す将斗にちらりと視線を向けてみると、ちょうどその処理を終えた彼が、ベッドの隅に置いた箱から次の小袋を取り出そうとしているところだった。
その姿を見つけてしまった七海の身体が、ギクッと強張る。
「え、将斗さん……? まさか、まだ……?」
「? 当然だろ?」
恐る恐る訊ねると、逆に疑問の表情を向けられた。
「本当は今すぐにでも『本物の夫』にしてほしいと思ってる。そしたら七海と、もっと色んなことが出来る。……でもまあ、今はいい。それは追々教えてやる」
「追々。……」
「だから今は普通に……な?」
にこりと微笑んで七海の肩を再度シーツに押し付ける将斗を前に、変な汗をかく。自分の気持ちを打ち明けたら、何度もしていいわけではないのに。
これでは将斗の『好き』を受け止める七海の、身が持たない。
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