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◆ 第3章

20. 蜜色の夜 後編 ◆

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 自分はこんなにふしだらなことばかり考えてしまうタイプではなかったはずなのに。こんなに感じやすい身体ではなかったはずなのに。

 将斗の前ではなぜか少し大胆になってしまう。もちろんすべてを言葉に出しているわけではないが、人の機微に目聡い将斗には七海の心の内や考え方の変化を読み取られている気もする。

 羞恥を覚えて縮こまっていると、将斗にもう一度唇を奪われて深い場所まで舌を挿し込まれた。

 そのまま舌を絡め合って、甘やかなキスに身を委ねる。また七海の頭を撫でてくれる優しさを知って自然と目を閉じると、今度は頬も撫でられた。

(キスは、きもちよくて……すき)

 舌の表面同士が触れ合う感覚が気持ちいい。将斗のぬくもりを感じられて心地いい。角度を変えながら何度も繰り返されるキスに、少しずつ溺れて酔っていく。

 頬を撫でながらキスを繰り返していた将斗が、ふと顔を上げて七海の頭上に手を伸ばした。その指先がベッドボードに内蔵された小さな棚の扉を開けて、中からお菓子の紙箱のようなものを取り出す。

 ――それがお菓子の箱ではないことは、つられて視線を上げた七海もすぐに気がついた。

 カサ、と乾いた音とともに、将斗が箱の中に並んだ小袋を取り出す。七海の耳元で「挿れていいか?」と尋ねてくる声は低く掠れていて、鼓膜に響くその音に異様な艶めかしさを感じてしまう。

 七海が無言のまま顎を引くと、将斗が額に優しいキスを落とした。おそらく七海が将斗の欲望を受け入れることへの、お礼のキスなのだろう。

 最初に『自分で処理する』と口にしてからかなりの長時間が経過しているので、将斗も相当辛かったはずだ。

 男性の性反応や性衝動というものは、将斗の言葉通り簡単に抗えない生理現象で、自分の意識で完全にはコントロールできないものらしい。

 今回のように怒りや悲しみの感情と身体の反応が勝手に連動してしまうこともあるし、目の前にいる相手が今回の七海のように恋愛対象相手でも、勝手に反応してしまうこともある。

 取り出した避妊具の先端に溜まった空気を抜くと、陰茎に被せてくるくると引き下ろしていく。将斗の準備と猛った熱棒の状態を確認すると、はちきれんばかりに張りつめていてかなり痛そうだと思う。

 けれど再び七海の脚を開いて身体の上に覆いかぶさってくる表情は、どこか嬉しそうにも見える。それにもう一度キスしたあとの微笑みも、七海の頬を包み込む右手の指先も、蜜口を拡げる左手の動きも、愛おしいものにようやく触れられることに歓喜している仕草のように思えて、なんだか背中がむずむずくすぐったい。

「ん……っ」

 そんなことを考えていた七海の蜜口に、熱棒の尖端がぴと、と触れる。先が腹につきそうなほどそそり立っていた雄竿の存在を明確に捉え、思わず身が竦んで小さな声が零れる。するとすぐに動きを止めた将斗が、七海の眼を覗き込んできた。

「痛いか? それとも、怖い?」
「い、いえ……。へいき、です」

 七海の様子を探る将斗にふるふると首を振って『大丈夫だ』と示す。最初に痛いことも怖いこともしないと言ってくれていた将斗は、七海を気遣って愛おしむように慎重だ。

 薄膜を被せた亀頭部が、ちゅぷ、とぬかるみの中に沈む。その瞬間背中がピクッと反応したが、十分慣らして濡らしてもらっていたためか、すぐに侵攻を再開されても痛みはほとんど感じない。

 少しずつ埋没してくる将斗の陰茎は、やはり固くて太くて焼けそうなほどに熱い。息を止めて力が入れば将斗にも負担がかかると知っているから、出来るだけちゃんと呼吸をして力を抜いていようと思う。なのに蜜壺の中に熱の塊が突き進んでくるたびに、どうしても圧迫感を覚えてしまう。

「ん、ん……ぅ」
「七海……すっげ、熱い……」

 七海の脚を抱えた将斗が、恍惚の表情を浮かべたまま最奥へ腰を沈めてくる。ぐ、ぐ、と押し込まれると圧迫感のあまり息が詰まりそうになるが、将斗が嬉しそうに微笑む姿を見ているうちに自然と違和感が薄まっていく。

「あっ……は、ぁん」

 将斗の雄竿が一番奥に到達した直後、ずるぅと引き抜かれたので、ほっと息をつく。だが安心する暇は与えられず、七海の内壁と一番奥の感触を堪能するように、将斗の腰がゆっくりと前後に揺れ始める。

「中、濡れてるのに……」
「あ……ぁ、っ……ん、ぅ……ん」
「ふわふわだな……気持ちいい」

 ゆっくりと奥まで挿入されて、ゆっくりと引き抜かれる。その抽挿の角度は毎回異なり、まるで蜜壁のすべてを抉って削るようにゆったりとした動きを何度も何度も繰り返される。

「あ、んぅっ……っぁ……あ、ん……!」

 強い存在感に心も身体も満たされていく。特に何か言われたわけではなくとも、七海を抱いて嬉しそうな表情を見せる将斗に『可愛げがない』『魅力がない』と言われてひび割れていた心が癒されていく。

「まさと、さん……」
「ん?」

 ふと将斗に感謝の気持ちを伝えたい気持ちが湧き起こる。七海を抱くことで七海の心を潤してくれる将斗に、お礼の言葉を伝えたくなる。

 だから名前を呼んではみたが、色に溺れて快感を貪ることに夢中になっている今の将斗に、突然感謝の言葉を述べてもほとんど伝わらないだろうと気づく。

「……あ、えっと……」

 どうした? と首を傾げる将斗に、何と言っていいのかわからなくなる。慌てた七海は今この瞬間にお礼を言うことはとりあえず諦めたが、その代わり今この瞬間に感じている気持ちだけは素直に伝えようと考えた。

「あの、きもち……い、です」
「……っ」

 ありのままの感覚を将斗に伝えると、ごくりと息を呑んだ彼が突然ぐいっと腰を引いた。そのまま七海の中からずるりと熱棒を引き抜き「はあぁ……」と大きなため息をつく。

 急に陰茎を抜かれて驚いた七海は、将斗のぬくもりを突然失った気がして――将斗の存在が急に遠退いた気がして、言葉にできない不安を抱いた。

「……危ねぇな」
「え?」
「七海、それは反則だろ」

 七海の上に覆いかぶさった状態で顔を見ないように……というより、自分の顔を見せないように、将斗がぽつりと呟く。

 表情が見えないことに強い不安を覚えた七海だったが、将斗は七海に対して負の感情を抱いたわけではないらしい。「まさとさん……?」と名前を呼ぶと、七海を抱きしめてじっとしていた将斗が、気持ちを入れ替えたようにパッと顔を上げて七海の腕を引っ張った。

「え……あの……?」
「七海、俺の上に乗ってくれ」
「!?」

 突然の要望に驚く七海に対し、将斗はやけに楽しそうだった。腕を引かれて仰向けの状態から身体を起こされると、逆に今まで七海が寝ていた場所に今度は将斗が横たわる。

 さらに将斗が自分の腰の上に七海の身体を引っ張り上げるので、将斗を潰さないように大人しく彼の誘導に従う。しかし頭の中は疑問符だらけだ。

「この方が七海の顔も身体もよく見える」
「将斗さ……」
「ってか、七海はほんとに腰が細いな。激しく抱いたら壊れそうだぞ」
「っ、こ、壊れませんよ」

 将斗が笑いながら七海の腰を撫でるので、変な声が出そうになるのを必死に抑えながら首を振る。

 将斗が言うほど七海の腰は細くないし、軟弱でもない。これでも三年半……来月で丸四年、忙しく動き回る将斗の秘書として彼の傍に付き従ってきたのだ。体力はそこそこあるし、足腰の筋力もある方だと思うので、多少のことでへこたれたりはしない。

 しかしすぐに、今重要な論点はそこではなかったのだと気づく。慌てた七海が、

「あ……だから激しくしてもいいという意味ではなく、ですね……その」

 としどろもどろに目を泳がせると、将斗が少し呆れたようにため息をついた。

「七海は少し、迂闊すぎるな」
「え、ふぁ……あ……!?」

 ぽつりと何かを呟いた将斗に首を傾げようとしたが、その直前に再び蜜口を広げられて、下から一気に突き上げられた。

 一度抜いたにも関わらず将斗の陰茎は一切衰えておらず……というより、さらに質量を増しており、貫かれた瞬間は少し痛みを感じたほどだった。

 だが『痛いことはしない』という約束は頑なに守ってくれているようで、最奥に到達して七海の中を満たすと、そこで一度動きを止めて腰を撫でてくれる。

「どうだ、七海」
「へいき……です」

 七海がこくこくと頷いた瞬間、将斗の陰茎がゆっくりと抜け出ていく。しかしまたすぐに突き上げられて、一番奥をトントンと突かれる。その軽い衝撃が心地よい。

 寒いという理由で羽織っていたパジャマの上衣が肩から滑り落ちる。けれどそれを完全に脱ぎ捨てる余裕すらない七海は――そんなことに構っていられない二人は、律動のタイミングを合わせることに次第に夢中になって没頭していく。

「あ……あっ……まさと、さ、ぁ」
「七海……っ」

 七海の隘路をこじ開けるように抽挿する淫棒が、とにかく熱くて固くて大きい。その存在を自分の中に定着させるように、七海の身体がきゅう、きゅんっと何度も疼いて収縮する。

 一番奥を潰すようにずりゅ、じゅぷ、ぬぷ、と激しい水音がベッドルームに響く。下から押し上げてくる衝撃を逃すように背中がしなると、胸がふわふわと震えて揺れる。

 七海の身体の動きを下から眺めていると、将斗の官能も刺激されるらしい。だんだんと腰を打つ間隔が狭まって、結合部に感じる摩擦熱も爆発的に大きくなる。

「っ、あ―……まずい、っ……」
「ふぁ、あ……まさと、さぁ……ぁん!」

 七海の身体を揺さぶる動きが強く激しくなると、下腹部の奥底に生まれた快感の火種が燻りはじめる。それが子宮の入り口辺りで渦潮のように激しく巡り始めると、あっという間に快楽の波に呑み込まれる。

「あ、ああ……んっ……あぁ、ん」

 下から腰を突き入れられる衝撃に耐えるよう力むと、その刺激が将斗の陰茎にも快感を与えるらしい。喉から溢れる甘え声を止めることも出来ないまま、突然防波堤を飛び越えた快楽に身体の自由を奪われる。

「ッ――く、う……っ」
「ふぁ、あ……っぁああっ――!」

 七海が激しい絶頂感に震えて果てると、将斗も避妊具の中に勢いよく精を吐き出した。

「ん、んぅ……っ」
「はぁ……七海」

 過熱した蜜壺の中でビクビクと蠢く陰茎が沈静化するのを待つ間、薄く筋肉がついたお腹の上に倒れ込んだ七海は、夢中になって将斗と口づけを交わし合った。将斗も絶頂後のキスを気に入ったらしく、舌を絡めてぎゅっと抱き合い、何度も何度も熱を貪られる。

「……ありがとうございます、将斗さん」
「ん?」
「私のわがままを、聞いてくれて……」

 ようやく熱が引いて少し落ち着き始めた頃、蜜穴から陰茎をずるりと引き抜いた将斗に、先ほど言えなかったお礼の言葉を伝える。首を傾げる将斗にはたった一言の説明しかなかったが、彼にも七海の言葉の意図がちゃんと伝わったらしい。

 避妊具を外して口を結ぶと、それをベッド横の屑籠の中に落とすか落とさないかのうちに七海の身体をぎゅっと抱きしめてくる。

「今日はもう遅いからな。そろそろ寝なきゃまずいが」

 七海の身体を抱きしめたままスマートフォンの画面から時刻を確認する将斗の呟きに、こくこくと頷く。

 まったく将斗の言う通りだ。そもそも最初に眠った時点でそれなりに遅い時間だったというのに、互いに気分が高揚してしまったせいで、とんでもない時間まで抱き合ってしまった。しかも今日は本来するべき残業を放置したまま退社しているので、明日は早めに出社しなければならないのに。

 今すぐ寝よう、と決意する七海に、将斗が不穏な言葉を囁く。

「明日……いや、もう今日の夜か。続き、しような?」
「え……?」

 思わず固まる。
 はい? と語尾を上げて聞き返してしまう。

「お互いの気持ちが高まったら、セックスするのが、夫婦だろ?」
「……お互いの、ですよね……?」

 七海の問いかけに一瞬だけ動きを止める将斗だが、すぐに行動を再開する。といっても、七海の身体を抱きしめながらゴロンと横向きになるだけで、あとは布団を被ってそのまま寝ようとする。ただし「おやすみ」と呟く声は、就寝の挨拶のはずなのになぜかやけに元気がいい。

 呆れてため息をつきたくなるが、それは直前で飲み込んだ。その代わり、将斗の身体に抱きつくように彼の背中に腕を回して目を閉じる。

 優しい温度に包まれると、不思議と優しい気持ちになれる。本当に明日続きをするのかどうかはさておき――七海は久しぶりに、ゆっくりと穏やかな気持ちで夢の世界に浸れる気がした。

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