いつか◯◯◯になる

むー

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19.マモル

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前髪に隠れていたが、その目は驚きのあまり大きく開いるのがわかった。

「な、何をですか?」

そんな揚羽を見てる俺も驚いた。
発言は完全に無意識だった。

「えっと……その……」
「あの、何を上書きするんですか?」

どう答えて良いか判らずしどろもどろになる俺に、揚羽は直球で訊いてきた。
天然なのか、至って真面目な顔の揚羽につい長いため息を吐く。
1人分の空間を詰め、見上げる揚羽の手からマグカップを取りテーブルに置く。

「……キス」
「ぇ……き、す……?」

指先で揚羽の前髪を左右に分けると、前髪で半分以上隠れていたが瞳が現れた。
顎に手をかけ、親指で赤い唇に触れるとフニッと柔らかい弾力があった。
ピクリと肩が小さく跳ねる。

「えっ、えっ、な、何でですか?」

顔を真っ赤にして慌てる揚羽に顔を寄せる。

「揚羽、アイツにキス、されたんだろ?」
「あ……」

一瞬で顔から赤みが消え、ワナワナと唇が震える。
俺の顔を写すその瞳は揺れていた。

「上書きしたい。揚羽の記憶から消したい」

更に顔を寄せる。
揚羽の震える唇からココアの甘い香りがした。

「な…んで…?」
「え……?」
「なんでそんなこと言うんですか?」

揚羽の瞳から今に涙が溢れそうになっていた。

「あ……ごめん。順番、間違えた」

そっと揚羽の頭を抱く。

「揚羽、ちょっと長くなるかもしれないけど、俺の話聴いて欲しい……」

俺の胸の中で頭が小さく縦に動いた。


❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

「俺の父親。警官だったんだ。所謂、町のお巡りさんってやつ」

1人分の距離を空けて、俺は話し出した。
揚羽はまだ少し鼻を啜っているが、落ち着いている。

「住人に頼られる警官だったんだ。……あの日、犯人を取り逃すまでは……」
「ぇ……」
「犯人は高齢女性のバッグをひったくって転倒させて怪我をさせたんだ。現場を目撃した父さんはその犯人を追った。遮断機が降りた踏切で追いついたけど、犯人はバーを潜って電車に轢かれて死んだ」

揚羽がゴクリと息を呑む音が響いた。

「最初はみんな仕方がなかったって言った。でも、その犯人が今の俺と同じ17歳のガキだってわかった途端、手のひらを返して父さんを責めた。被害に遭った婆さんも父さんも責めた。そんな日々が数ヶ月経ったある日、父さんは首を吊って死んだんだ」
「………」
「父さんは死んでも責められた。母さんはそれに耐えきれず、俺を連れてこの町に引っ越したんだ」

俺を真っ直ぐ見る揚羽の視線を感じるけど見れない。

「俺の名前、父さんがつけたんだ。俺を取り巻く人たちを守る人になって欲しいって………でも、父さんの葬儀の時に決めたんだ。『母さん以外、誰も守らない』って……それで誰とも深く関わらずになんとなく生きてきたんだ」
「………」
「でも、揚羽と出会って、なんとなく揚羽と一緒に過ごしたら思いのほか楽しくて、すごく居心地が良かった。だから、街中であの男に追いかけられて揚羽が転んだ時も手を離せなかった」

遠くを見るように壁を見つめて続ける。
揚羽に出会ってから今までのことを思い出しながら。

「学校祭の劇に立つ揚羽が俺に向けた笑顔で気づいたんだ。だから、あの後、揚羽が消えて焦ったし、揚羽が襲われていて無茶苦茶腹が立った。相手の男から守れなかった俺自身に……」
「先輩……」

俺は揚羽に顔を向けた。
揚羽の顔を見たら、胸がいっぱいになって鼻の奥が少しツンとした。

「俺は揚羽を守りたい。揚羽だけを……揚羽が好きだから……」

少しぼやける視界にいる揚羽を真っ直ぐ見つめそう告げた。
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