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本編
遠い記憶 side Khoki 2
しおりを挟む翌日、昼過ぎにあの溜池に行くと、すでにゆうは居た。
「あ、こうくん!」
目敏く俺を見つけたゆうは、ブンブン手を振って満面の笑みで俺の名を呼んだ。
「ゆ、ゆう」
「なあに?」
昨日、母親が呼んでいた名で呼ぶとすぐ返事が返ってきた。
「今日も逃げてきたのか?」
「逃げてきてないもん。今日はお母さんにこうくんと遊んでくるって言ってからきたよ」
ゆうはぷうっと頬を膨らませて言ったが、すぐ笑顔に戻って持ってきた巾着の口を開ける。
「?」
「お母さんがこうくんと食べなさいって持たせてくれたんだ」
中にはビスケットやキャンディーが入っていて、ゆうはキャンディーをひとつ取り出すと俺にくれた。
「はい、こうくんはぶどうね。ボクはりんご」
そう言い、りんごのキャンディーを取り出し口に放り込んだので俺も倣ってぶどうのキャンディーを口に放り込んだ。
ゆうはオレにこの村のことを教えてくれた。
だが、ゆうはあまり家の敷地外に出ることがあまりないのか、この近所のことしか知らなかった。
それから気ままに遊ぶゆうに付き合って、花を摘んで冠を作ったり、四葉のクローバーを探したりした。
時々、ゆうは「今日もこうくんのお目めのお星さまだね、キラキラ~」と意味もなく俺の目をじっと見つめたりしてきた。
気付くと陽がだいぶ傾き、ゆうのお母さんの呼ぶ声がこの日の遊びは終わりを告げた。
「また明日ねー!」
昨日と同じようにブンブン手を振るゆうに、今日は同じように手を振りかえした。
最終日、俺は昼ご飯を食べるとすぐ溜池に向かった。
夜には母親の待つ自宅に帰るため、この村にいるのは今日が最後になるからだ。
少しでも長くゆうと遊ぶため俺は走って行ったが、そこにはゆうは居なかった。
ずっと待っていたけど、なかなか来なく、陽が傾き掛けた頃にやっとゆうは現れた。
「こうくん、遅くなってごめんね」
ゆうの目は真っ赤だった。
「…ゆう、泣いてたのか?」
「っつ、な、泣いてなんかないよ」
ヘヘッと笑う顔は今にも泣きそうで、頭を撫でると目を大きく開いてポロポロと涙が溢れてきた。
「ゆう?」
「ふっ、こっ、こう、くん…ふぇぇ…」
ゆうは俺にしがみ付いて泣き出した。
しばらくゆうは泣いていたが、落ち着きを取り戻すとポツポツと話し出した。
「ボクね、オメガかもしれないんだって…。ウチに生まれたオメガは大人になったら、お金をもらって色んな人の子供を産まなきゃいけないって…。今日、お祖父様がお父さんに「よくやった」って褒めてて…。でも、お父さんもお母さんも「ゆうは道具じゃない」って怒ってて…」
「………」
ゆうの目からまた涙が溢れてきた。
「それっ、でっ、けっ、検査っ、して…オメガだっ…てなったら…ボクはもう…外に出さないっ…って…。ぼっ、ボクは…ふっ…どっ、道具じゃない…のに…」
俺のシャツを強く握りしめ涙を堪えるゆうに、俺は励ます言葉が出て来なかった。
ふと、昨夜、父親が俺に言った言葉を思い出した。
『レア・アルファには特別な力があるんだ。昨日お母さんに聞いたんだけど、皇貴はもしかしたらそのレア・アルファかもしれない』
"レア・アルファ"
初めて聞く名前だけど、特別なアルファだということはわかる。
もし俺がレア・アルファなら、目の前で泣いているゆうを助けられるかもしれない。
でも、どうやって…?
今日、俺は母親が待つ家に帰るのに…。
「なあ、ゆう」
「………」
俺を見上げるゆうに今できること。
「おまじない、してやる」
「…おまじない?」
「うん。ゆうがオメガにならないおまじない」
涙が滲む目を大きく見開いて俺を見るゆうは、少し考えてこくんと頷いた。
「おまじない…して」
「じゃあ、ゆう、後ろ向いて」
素直に俺の言うことを聞いて、ゆうは俺に背を向けた。
俺はゆうの髪をかき分け項を晒すと、顔を寄せた。
「いっ…いたっ、い…」
痛がるゆうに構わず、その項に思いっきり歯を食い込ませて噛んだ。
ゆうがオメガにならないように願いを込めて。
血が滲む項を丁寧に舐め取り、そっと唇を当てた。
「これで、ゆうはオメガにならないよ」
俺が離れるとゆうは振り返り、ふわりと微笑んだ。
「うん…。こうくん、ありがとう」
抱きついてきたゆうを強く抱き返した。
「こうくん、また会える?」
「また会おう。また逢えたら……」
「……うん?」
もし、ゆうがオメガになってたら…。
「また、おまじないしていいか?」
俺の…。
「…うん、…していいよ…。ボク、こうくんだけにして欲しい……約束だよ」
「ああ」
そっと俺の噛み跡が付いたゆうの項に触れた。
少ししてゆうの母親が迎えに来て、俺たちは別れた。
俺も迎えに来た父親とその夜、母親の待つ自宅に帰った。
翌年、その翌年と村に来る機会がありこの溜池に来たけれど、ゆうが現れることはなかった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
あれから10年。
女の子だと思っていた子は男だった。
とても気の強い奴。
そして、頑張り屋の奴。
だけど……
やっと逢えた。
俺の運命に。
____________________
すでにお察しと思いますが、結季は子供の頃は「ボク」と言ってました。
読みづらかったのなら、ごめんなさい。
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