金の野獣と薔薇の番

むー

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本編

2月 ③

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瑠可が学園を飛び出した翌日、義兄に連れられて帰ってきた。

瑠可の無事を確認した寮監は大号泣でそれはそれは酷い顔だった。
義兄から瑠可を保護したと連絡を受けた時はすごく驚いたけど、実際、瑠可の無事を確認した時はちょっと涙が出た。

「結季くん、心配かけてごめんね」
「ううん、瑠可が無事で良かった」

瑠可の目はまだ少し赤かったけど、思いの外元気そうでホッとした。

「つか、もう心配かけんなよ」
「わ、わかってるよ」

無遠慮に頭をわしゃわしゃする義兄に、瑠可は怒ることなくちょっと拗ねた顔して返事をした。
この2人、この一晩に何があったんだろう?

「何があったら連絡しろ」
「もう何もないし、連絡なんてしないんだから!」

なんだ、ツンデレ彼女とちょい意地悪な彼氏のカップルみたいなんだけど。
呆気に取られて見ているオレに、義兄は頭をわしゃわしゃする。

「ちょ、楓兄、それやめろよ」
「なんだよ、可愛い弟の頭を撫でてるだけだろ」

ニヤニヤしながら言う義兄を睨むけど、更に笑わせただけだった。
というか、瑠可の視線が刺さる。

「あ、あのっ、ほんっとうにありがとうございました」

落ち着きを取り戻した寮監が義兄にお礼の言葉とものすごい角度のお辞儀をした。

「んじゃ、帰るな」

義兄は外に待たせていたタクシーに乗って帰って行った。


❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

夜、瑠可がオレの部屋に来た。
紅茶にホットミルクを足しただけのミルクティーが入ったマグカップを渡すと一口飲んで話し始めた。

「結季くん、ボク、皇貴先輩に失恋したんだ」
「そ、う…」
「好きって言わせてもらえなかったんだ」
「何それクソだな」
「ぷっ、楓兄と同じこと言ってる」

クスクスと笑う瑠可に悲壮感はないように見えた。

「学園飛び出して自暴自棄のボクの前に楓兄が現れたの。結季くんみたいに『クソだな、ソイツ』言ってくれて、ボクのこと一晩中抱きしめてくれたんだ」
「そう」
「いっぱい泣いて眠ったら、なんかスッキリしちゃった……わっ、ゆ、結季くん?」

テヘヘと笑う瑠可に思わず抱きついてしまった。
泣いちゃうんじゃないかって思った。

「瑠可、無理しないで」
「もう、本当に大丈夫だよー。ふふっ、ボクより先に結季くんが泣いてる?」

頭を抱きこむ形で顔が見えないはずなのに、オレが泣いていることに瑠可に気づかれた。

「ご、ごめっ」
「んーん。ボクの代わりに泣いてくれてるんだよね」
「ち、違っ…」

違う。
これは罪悪感からだ。
瑠可が傷付き街を彷徨っていた時に、オレは皇貴先輩といた。
自分の気持ちもハッキリしない状態で、チョコ渡していたんだ。
オレに泣く資格なんてないのに…。

「違わないよ。結季くんはボクのために泣いてくれてるんだよ……でも、本当に大丈夫なんだ。思い出したらまだちょっと泣いちゃうかもしれないけど、ちゃんと向き合えるから。楓兄のおかげなのが少し癪だけどね。ふふっ」
「るかぁ…」

オレの背中に手を回して抱き返してくれる瑠可の温もりに泣きたくなった。

「ねぇ、結季くん。……ボク…また誰かを好きになれるかな?」
「大丈夫。絶対好きな人できる。それで、その人も瑠可のことを大好きになってくれる」
「そっかぁ。楽しみだなぁ」

瑠可はそのままオレの部屋に泊まった。
翌日、瑠可は発情期が始まって1週間休むことになった。


❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

「如月くん」
「はい」

古文の授業の終わり、オレは先生に呼ばれた。

「深月くんへの課題を渡して欲しいので、放課後、準備室まで来ていただけますか?」
「…はい」

行きたくない。
行きたくない。
つか、なんで授業の時に持ってこないんだよ。
心の中で悪態を吐きながら1人トボトボ準備室へ向かう。
1人で行きたくなくて、クラスメイトに一緒に行ってもらえないか声を掛けるが皆都合が悪くて付き合ってもらえなかった。
準備室が近くなり、今度は脳内で何度もシミュレーションする。
プリントを貰ったら直ぐ出ていく。
必要最低限しか喋らない。
呼び止められたら「この後、急ぎの用事があるので失礼します」と言うんだ。

「よしっ」っと小声で気合いを入れてドアをノックすると、中からすぐ「はい、どうぞ」と返事が来た。

「失礼します。深月くんの課題受け取りに来ました」
「ああ待ってたよ。そんなとこに立っていないで中に入ってゆっくりしていくといいよ」
「いえ、この後用事あるのでプリントを受け取ったら帰ります」

よし、ここまではシミュレーション通りだ。
あとはプリントを受け取って出て行くだけ。

「そうなの?あ、ここにあるから取りに来てくれるかな。僕ちょっと手が離せないから」
「はい」

手が離せないのにゆっくりしていけとか意味わかんないな。
平常心を保ちつつ中に入り、先生の側にあるプリントに手を伸ばす。
プリントを掴んだ瞬間、手首を掴まれた。

「ひっ」
「少し話をしようか」
「いや、オレ…僕、用事があるんで…」
「どんな?どう急いでるの?」
「…あの…その…」

用事については何も考えていなかった。
手首を掴む手の感触に、背中がゾワゾワして得体の知れない恐怖感が走る。

「座って」

言葉に抗えず、側にある丸椅子に座る。

「如月くんは僕を避けてるよね。どうしてかな?」
「そんなつもりは……すみません」
「怒ってはいないよ。ちょっと気になるだけなんだ」

人懐こい微笑みをオレに向けるその顔が怖くて震え上がりそうだ。
神凪先生はオレの手を握ったまま、オレの正面に向きを変えた。

「ぁ…の…手を…」
「君はあの如月の家の子なんだよね?」
「え…はい」

突然なんだ?
何が聞きたいんだ?

「如月家はオメガは女性だけだと聞いていたから珍しいなって。あ、別に差別とかではないよ。あの家の女性は皆優秀だと言われているからね」
「そう、ですね」

首筋にナイフを当てられているような恐怖が拭えない。
握られた手から熱が奪われていく。

「君は7歳より以前の記憶がないんだってね」
「な、んで、それを…?」
「あまりに僕を避けるから、気になってね。仲良くなるきっかけが欲しかったんだ。せっかく出会えたのだから、ね」

微笑んでいる筈なのに、射抜くような目に笑い返すことができない。
頭がズキズキとして吐き気がしてきた。

「先せぃ…あの…」
「どうしたの?何か思い出したのかな?」

思い出す?
何を?
思い出したくない!

息を吐いてばかりでうまく空気が吸えない。
苦しくなって空いた手で胸を押さえる。

「如月くん?どうしたの、如月くーー」

コンコン

ノック音にオレに頬に触れようとした先生の手が止まる。

「失礼します。ああ、やはりまだここに居たんですね」

返事を待たずにドアを開け入ってきたのは望月先輩だった。

「どうかされたんですか?」

望月先輩の登場にオレの手を掴んでいた先生の手が離れる。

「如月くんにお願いしたいことがあって探してました。もうよろしいですか?」
「ああ、もう大丈夫ですよ。如月くん、深月くんへの課題、よろしくお願いしますね」
「……はい」

立ち上がって、プリントを掴むと逃げるように望月先輩と一緒に準備室を出た。

何も言わずに歩く望月先輩を追いかける。

「あ、あの、先輩。オレにお願いしたいことって…」
「ああ、それはまた今度で大丈夫ですよ。今日は帰りましょう」

そう言うと望月先輩は昇降口までオレを送ってくれた。

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