上 下
56 / 75

ギルドのみんなで力を合わせて

しおりを挟む
ワインの入ったグラスを片手に、吸血鬼は笑う。

とうとう来たか。と、心を躍らせながら。

今か今かと冒険者が目の前に現れるのを楽しみに。

もし辿り着いたのならば、盛大にお迎えしよう。
そう心に決め、彼はまだ誰の姿も無い空間に、待ち遠しそうに手を伸ばすのだった。



 鬱陶しかった連日の雨も今はもうどこへやら。
むしろ、うって変わってカンカン照りの太陽の陽が降り注ぐ真夏日が続くような日の、とある一日。

 すでにいつもならギルドは開いていて、大勢……かは分からないがそれでも冒険者達が出入りをしているものであるが、今日に限ってはただの一人すら姿が見えなかった。

 いや、冒険者だけではない。
普段からギルドで働いている職員も誰一人姿が無かった。
そもそもギルドへの幾つもある入り口には、「本日緊急事態につき臨時休館」と書かれた札がぶら下がっていて、
いつものようにギルドを利用しようとした冒険者はその札を見て、しばし考えて、回れ右して来た道を引き返す。という行動を皆が皆取っていた。

 一体ギルドの職員達はどこへ行ってしまったのか。
結論から言えば皆あちこちの町へ、村へ、ダンジョンへ。
持てる移動手段を惜しみなく使い、鬼気迫る表情で移動し、ある物を確保する為に全力を出していた。

 話は、ギルドが開くほんの1時間前に鍛冶屋の親子が無理矢理ギルドに入って来たのが始まりだった。

「うちのせがれがとんでもねぇ事してやがった! 話だけでも聞いてくれ!」

 私やミヤさんなど、腕に覚えのある職員に囲まれ、引きずられながら叫んだそこからの一言に、ギルド内の空気は凍り付いた。

「防具の補正基準値、無視した防具ばっか作って卸してやがったんだ!!」

 私はその事実を聞いて、膝から崩れ落ち、絶望した。
終わった。と。今日どころかしばらく定時退社は無理だろう。と。

*

 不思議に思ったことは無いだろうか?
誰が作った防具でも、同じ名前の防具は同じ数値だけしか防御力が上がらないという事実を。
店で売られている強化済み防具が、決まって数回しか強化されていない事を。
属性付与されたものは大体が1属性しか付与されていない事を。体勢についても同様に、である。

 これらが何故起こり得ているか。そんなもの、そう決めているから、である。
例えばの話、腕利きの鍛冶屋が作った防具の補正値が、平均的な装備より2倍近く補正するならば、みなその腕利きの鍛冶屋の作った防具しか買わないであろう。
それが当然、という人も居るかもしれない。
売れるためにいい装備を作り、作れぬなら作れるように努力するのが普通だろ、と。

 しかし、よく考えてみて欲しい。わざわざ冒険者、ではなく、鍛冶屋を生業としている人達がどれだけ少ないと思うだろうか。
わざわざ鍛冶屋などならずとも、冒険者として食っていける世の中で、どれだけの若者が鍛冶屋を目指してくれるかを。
そんな少し考えただけで絶対数が少ないと分かる存在を、さらにふるいにかけるとなれば、残った少ない鍛冶屋で、すでに膨大な数であり、なおも増え続ける冒険者の分の防具を賄うなど到底無理だと理解できるだろう。

 故に、誰が作ったものでも装備に差は無い。というのは大前提なのだ。
鍛冶屋はもちろん、冒険者にとっても。それをこの鍛冶屋の息子が誤魔化していた。というのは、
鍛冶屋全体の信用に関わる問題であり、その決まりを作ったギルドの面子に関わる問題である。

 もしこの基準を下回った防具を付けた冒険者が、今まで通りにダンジョンに行き、攻撃を食らったら、下手をすれば、本当に最悪の場合、命すら落としかねないのだ。

 そんな市場回収不可避にして、回収方法が全ての装備屋に並んでいる防具を片っ端から調査するしかない。となれば皆の絶望の理由も分かる事だろう。
もちろん私はダンジョンの宝箱の中身として供給されているであろう防具を、ダンジョン一つずつを周り、確認しなければならず……

「とりあえず、いつ卸した防具が基準とは違う防具なのかを聞かせてくれ」

 すでにいつでも町へ向かえるように支度したミヤさんが鍛冶屋の親父の方へ尋ねると、

「気付いたのは今朝だ。卸しは昨日の朝と晩に2回」

との答えが。

 卸した日が昨日という事は、まだ店頭には並んではいないはずですね。
少なくとも冒険者に買われたという事はなさそうです。
ですが……当たり前のようにダンジョンには流れてますね。

「防具の種類は?」
「……アイアンメイル」

 今度は息子の方が、やや不貞腐れながら答える。
よりによって一番ポピュラーな防具でやらかしてくれたのですか、そうですか。
手に入りやすさ、加工のしやすさ、安さ、と初心者の冒険者から中級の冒険者に至るまでのスタンダードな防具にそんな地雷のような物を仕込まれては。

「全員!すぐに回収に向かうぞ! ……と、数はどれくらいだ?」
「全部で30だ。……あ、いや。二回分で60だな」
「防具に製作者の印は?」
「ちゃんと付けてる。lf55ってやつだ」

 それを聞いてミヤさんが周りを見渡せば、ミヤさんと目が合った者は、叩き込んだ。と頷いて。

「冒険者の手に渡る前に絶対回収するぞ! 出来なきゃみんなで仲良く始末書だ」
「「絶対に嫌です!」」

 皆が皆、それぞれ割り当てられた場所を目指して移動を開始する。
いつこのような事態になってもいいように、予めどの町へ向かうなどは決められていて、

「マ、マデ姉? 僕はいったいどうすればいいのです?」
「ツヅラオはとりあえず、私と共に来てください」

 ダンジョン課の割り当てなど当然ダンジョンである為、

「分かったのです」

 私はツヅラオをおんぶして、魔力で脚力を強化し、近場のCランク以下のダンジョンからしらみつぶしに探していくのであった。

 この時、普段ならようやく仕事が始まる時刻を時計の針が刺した事をマデラは視界の端で、ちらと確認した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズれギフトの追放冒険者、ワケありハーレムと荷物を運んで国を取る! #ハズワケ!

寝る犬
ファンタジー
【第3回HJ小説大賞後期「ノベルアップ+」部門 最終選考作品】 「ハズワケ!」あらすじ。 ギフト名【運び屋】。 ハズレギフトの烙印を押された主人公は、最高位のパーティをクビになった。 その上悪い噂を流されて、ギルド全員から村八分にされてしまう。 しかし彼のギフトには、使い方次第で無限の可能性があった。 けが人を運んだり、モンスターをリュックに詰めたり、一夜で城を建てたりとやりたい放題。 仲間になったロリっ子、ねこみみ何でもありの可愛い女の子たちと一緒に、ギフトを活かして、デリバリーからモンスター討伐、はては他国との戦争、世界を救う冒険まで、様々な荷物を運ぶ旅が今始まる。 ※ハーレムの女の子が合流するまで、マジメで自己肯定感の低い主人公の一人称はちょい暗めです。 ※明るい女の子たちが重い空気を吹き飛ばしてゆく様をお楽しみください(笑) ※タイトルの画像は「東雲いづる」先生に描いていただきました。

ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo
ファンタジー
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。 特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。 第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

異世界サバイバルセットでダンジョン無双。精霊樹復活に貢献します。

karashima_s
ファンタジー
 地球にダンジョンが出来て10年。 その当時は、世界中が混乱したけれど、今ではすでに日常となっていたりする。  ダンジョンに巣くう魔物は、ダンジョン外にでる事はなく、浅い階層であれば、魔物を倒すと、魔石を手に入れる事が出来、その魔石は再生可能エネルギーとして利用できる事が解ると、各国は、こぞってダンジョン探索を行うようになった。 ダンジョンでは魔石だけでなく、傷や病気を癒す貴重なアイテム等をドロップしたり、また、稀に宝箱と呼ばれる箱から、後発的に付与できる様々な魔法やスキルを覚える事が出来る魔法書やスキルオーブと呼ばれる物等も手に入ったりする。  当時は、危険だとして制限されていたダンジョン探索も、今では門戸も広がり、適正があると判断された者は、ある程度の教習を受けた後、試験に合格すると認定を与えられ、探索者(シーカー)として認められるようになっていた。  運転免許のように、学校や教習所ができ、人気の職業の一つになっていたりするのだ。  新田 蓮(あらた れん)もその一人である。  高校を出て、別にやりたい事もなく、他人との関わりが嫌いだった事で会社勤めもきつそうだと判断、高校在学中からシーカー免許教習所に通い、卒業と同時にシーカーデビューをする。そして、浅い階層で、低級モンスターを狩って、安全第一で日々の糧を細々得ては、その収入で気楽に生きる生活を送っていた。 そんなある日、ダンジョン内でスキルオーブをゲットする。手に入れたオーブは『XXXサバイバルセット』。 ほんの0.00001パーセントの確実でユニークスキルがドロップする事がある。今回、それだったら、数億の価値だ。それを売り払えば、悠々自適に生きて行けるんじゃねぇー?と大喜びした蓮だったが、なんと難儀な連中に見られて絡まれてしまった。 必死で逃げる算段を考えていた時、爆音と共に、大きな揺れが襲ってきて、足元が崩れて。 落ちた。 落ちる!と思ったとたん、思わず、持っていたオーブを強く握ってしまったのだ。 落ちながら、蓮の頭の中に声が響く。 「XXXサバイバルセットが使用されました…。」 そして落ちた所が…。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...