【完結】僕の彼氏の婚約者は、前世の恋人である僕が忘れられないらしい

325号室の住人

文字の大きさ
上 下
50 / 57
再びの異世界、シャーシード国

   12

しおりを挟む

「おろせっ、このやろバカヤロどアホ……ぐへっ! いきなり下ろすなあっ」

 いきなりぽすんと放り出されたのは、リョウマのベッドの上だった。魔王が片手をひょいと振るだけで、側付きの者たちは潮が引くように外へ出ていく。

「下ろせと申したり、下ろすなと申したり。そなた一体、私にどうして欲しいのだ」
「べっ、べつにどうもして欲しくねえっ」

 叫びながらがばっと上体を起こした時にはもう、すぐ隣に座りこまれてひょいと顎に手を掛けられていた。

「そう言えば、もうそろそろ致さねばならぬ頃合いだな」
「ほえっ? な、なにをだよ……」
「とぼけるでない。体液の交換よ。そろそろしておかねば、そなたが困ることになるやもしれぬ」
「うっ……」

 軽く顎を上げられてみれば、すぐ目の前に魔王の端正な顔があった。リョウマは思わずごくりと喉を鳴らし、口を一文字に噛みしめる。ぎゅっと睨みつけたら、魔王は意外にもやや落胆の色を見せた。

「心配せずともよい。『無理強むりじいはせぬ』と申したではないか」

 そう言っていながら、一向にリョウマのそばを離れる様子も、顎を放す様子もない。リョウマはさらにむうっとふくれっ面を作った。

「……だったら放せよ。あっちいけ」
「断る」
「っんだよ、それ!」
「なんなのだろうな? それは私も訊きたいよ。そなたにこそな」
「は……?」

 魔王はふっとかすかに微笑むと、リョウマの頬をほんのわずかに触れる程度に撫でた。

「そなたがまことに『イヤだ』と申しておるのならば否やはない。そなたの思う通りにしよう。私が約束をたがえることなどあり得ぬ。そこは信じてもらいたい。……しかし、本当にイヤなのか?」
「な、なに?」
「気づいておらぬと思ったか」
「え──」

 ぐっと魔王の顔が近づいてきて、リョウマは目を見開いた。一瞬、思わず呼吸が止まる。

「普通、人は嫌悪する相手に非常に強く、攻撃的な凄まじい《気》を放つものだ。だが、今のそなたからは、そういう《気》をほとんど感じぬ。このところは特にな」
「な……なにを言って──」
「拒絶する気があるのなら、もっと抵抗するものではないか? いや抵抗どころではないな。これほど近くに不倶戴天の敵がおるのだぞ。大暴れをし、あるいは悪だくみをして、私の隙をつき命を取ろうとしたとて、なんの不思議もない。そなたはほかならぬ私の仇敵、あの《戦隊レッド》なのだから」
「う……」

 そこは返す言葉もない。誰よりもリョウマ自身が、自分の大きな変化に戸惑っているのだから。
 だが、今の自分はもうこの男を心底から憎めなくなっている。
 本当は認めたくなかった。そうしていられるものなら、このままずっと目を逸らしつづけていたかった。けれど、真正面からこの男に真面目な顔で問い詰めてこられては、もう自分自身にもごまかしは効かなかった。
 事実を突きつけられる。
 誰よりも、自分自身の心がそう突きつけてくる。

(俺、は……)

 そんなことでいいのか。いや、いいはずがない。
 自分は《BLレッド》だ。《BLレンジャー》のリーダーだ。そんなことは許されない。あってはならないことなのだ──。
 リョウマはぎゅっと目をつぶってうつむいた。意識していたわけではないが、その頭がすぐ目の前の魔王の胸元にとん、と当たる。

「俺……サイテーだ」
「そんなことはない」

 大きな手が自分の背中を優しくさすっているのに気づいたら、あっという間に涙腺が危なくなった。それを堪えようとしたら、今度はひどく声がかすれた。

「こんなバカなことあるか? アホだろ俺。なにやってんだ、だって俺は」
「そなたがなんでも、同じことだ。そなたは何も悪くない。ただ心が広いだけだ」
「なわけねえっつうんだようっ」

 片手で目元を覆ってうなだれ、黙り込む。うっかりすると嗚咽が漏れ出てしまいそうで、必死で歯を食いしばった。

「……リョウマ」
「…………」
「もう一度、たずねてもよいか」

 リョウマは答えない。いや、答えることができなかった。嗚咽をせき止めた喉は詰まって、もう声なんて出せなかったから。
 魔王の両腕が、リョウマの背中をそっと抱き寄せるのを感じた。ひどく優しくて、温かい腕だった。

「そなたと口づけがしたい。……ダメだろうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

処理中です...