お嬢様の身代わり役

325号室の住人

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本編

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「おおおお嬢様が誘拐されました!」

ここは、この公爵邸内にある、当主の執務室の扉前。
僕は決められたセリフを大袈裟に発した。

「なに?!」

室内からはどよめきとガタガタとした反応があった。

ここで叫べば、部屋を飛び出すのは次期当主であり嫡男のハイド様だというシドの見立ては正解だった訳だ。
僕は、誰が出てきても良いように備える。



ハイド様とお会いするのは、僕が怪我をしてからだから、1週間ぶりになるだろうか。

ずっとお会いしたかった。
今日まで、顔も見られなかったから…

あの日僕は自分のことに精一杯で、ハイド様がどんな顔をしているのかなんて確認できなかった。

いや、それもあるけど、やっぱり怖かった。
愛している人の前で、その人を裏切っているという疑いを掛けられたんだもの。

その顔を見てしまえば、瞬時にわかってしまうもの。


でも、本当はどちらを信じているかなんてわかりきっている。
だって、ハイド様は一言も発しなかったんだ。

僕がスパイだと、僕がハイド様を裏切っていると言われて、乱暴に扱われている間、一言も発さず、一歩も動かなかった。

それってやっぱり……



けれどそこで、前世で読んだとあるサイコなラノベの内容を思い出してしまった。

もしかしてアレは、キャルルが言っていた話の二次創作だったのかもしれない。

あれだけ何度も記憶を洗ったのに、どれとも一致させることができなかった過去の自分を呪う。

《王都に出没する切り裂き魔の正体…それは公爵家の嫡男だった。》

シスコンだった嫡男は妹の誘拐の時に感情に任せて妹専属の使用人だった男を刺し、それが初めての犯行……って、この状況、僕じゃね?

刺される直前になってもちろん命が惜しくなった僕は、公爵家この場から逃亡することに決め、慌てて扉の裏に貼り付いた。




…………………………が、




バン!
──ぁ痛!

僕は扉に鼻をぶつけ、背中をしこたま壁に打ち付けてしまう。けれど口には出さず、扉と壁の間に挟まれたまま息を殺した。

何かがあっても、口を閉ざしていることは得意なんだ。
僕はずっと、声を発してはいけない、お嬢様の身代わり役だったんだから……

ハイド様に会いたいという気持ちと、ハイド様に会えば殺されるという気持ちが交錯する。

そうか…
ハイド様は、僕が裏切り者だから、僕のことを殺したんだ。
あのラノベでは書かれていなかった真実。

《僕は、裏切り者だから始末される。》

シドやキャルルは口には出さなかったけれど、もしかしたら僕の本当の仕事というのは、ハイド様に殺されることなのかもしれない。

でも、ここで命を絶たれることは恐怖しかない。

僕がここに居ることがバレては確実にられる未来しか来ないんだ。
扉の向こうの音に意識を集中させながら、息を殺していた。




…………………………が、




その時、ゆっくりとこの隙間に光が差し込んできた。
扉は閉まる方向へと動く。
でも僕は、咄嗟に壁に貼り付くことを選んだ。




…………………………のだけど、




「おかしいね、イード。」

そこには、夜会では1ミリも動かないと言われている口角を当社比で3度上げた《氷の令息》こと、次期当主であり公爵家の嫡男が仁王立ちになっていた。

──見つかってしまった!

「君はここで何をしているのかな?」
口角はさらに角度を増す。

──目は笑ってない!

「アリスの捜索へ走らなくていいの?」
ハイド様がこちらへ一歩踏み出す。

「いけない子だね。」

顔に心配を貼り付けた《氷の令息》は、今でも少し長めの前髪を掻き上げながら、そして誘拐犯に対抗すべく抜いた護身用のナイフの刃を光らせながら、僕に近付いてきた─────

──わあぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!

僕は、そこで気を失ってしまった。


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