お嬢様の身代わり役

325号室の住人

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本編

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「お嬢様! お待たせ致しました。連れて参りました!」

先導してここまでやって来た女性は、ノックもせずに扉を開いた。
瞬間、わらわらと侍女ーズ達が駆け寄ってきた。
普段は美しく整った彼女らなのに、髪が乱れて頬や腕に引っ掻き傷を作った者が多いのはなぜなのか。

「おぉ! 救世主!!」
「我らではもう、お嬢様を止められぬのだ。よよよ…」

そこへ、寝室の扉からたった今こちらへ合流した者が言う。

「お嬢様のご乱心よ!」
「私達の手には負えないわ。」
「そうよ! こんな時には男手がなけりゃ!」

そうして、僕を取り囲む老若取り混ぜた侍女ーズの皆さんの視線が、僕に集まった。

──これは……状況が何もわからなくても、行かないといけないパターンなのか…?

「え…えっ」
「ひゃゎあああ~~~~~~~!!!」

状況を訊ねようとした僕の言葉は、突如寝室からやって来たピンクのアフロに戻ったキャルルによって遮られた。

「もう、あたしじゃ無理よ!無理無理無理ぃ!!!」

キャルルも侍女ーズと合流し、そして…

「……アラ!」

僕と目が合ってしまった。

「……」

どんな状況なのか訊ねようとして開いていた口は、取り敢えず閉じた。

「ムフフフ…」

変な笑い声と共に、キャルルの眉間に刻まれた深い溝のような皺が消えた。

「……?」

僕を見て勝ち誇ったような表情に変わるキャルル。

「イードじゃぁん…」

声と共に伸びたキャルルの手は、素早く僕の腕を掴むと、僕に有無を言わせないまま僕の体をお嬢様の寝室へ続く扉の向こうへと押しやった。






ガシャーン!!

寝室へ入室し挨拶のため頭を垂れると、僕のすぐ左を擦り抜けたティカップが、扉にぶち当たって割れた。

驚いて頭を上げてしまった僕は、髪を振り乱した鬼婆と目が合った瞬間、こちらにダッシュしてきた鬼婆に詰め寄られた。

「お前は…お前が……!!」

胸ぐらを掴んだ細腕は、とても公爵令嬢のものとは思えないほどで、身分や主従の関係を除いても僕には振り解くことはできなかった。

「あれは…! シドは、シドは……」

お嬢様は言いながら、その場に泣き崩れた。
でも掴んだ胸ぐらはそのままだったので、僕も一緒にそのまましゃがみ込んだ。

「うぅっ…シド……シドが………シドぉ……」

そのまましばらく泣き続けたので、僕はお嬢様の手を両手で包みながら語る言葉を聞くことにした。



少し落ち着かれたお嬢様に、新品の雑巾─いや、僕ら庶民としてはハンカチでいける─を握らせれば、ゴシゴシと涙を拭かれる。
お嬢様から雑巾を取り上げて押し当てるように涙を吸わせれば、お嬢様は一度瞼を下ろして再び碧の瞳を見せる頃には深層のご令嬢の表情に戻っていた。

雑巾を折り畳んでポケットに戻せば、お嬢様は恥ずかしそうに頬を朱に染めた後、少し視線を逸らして、
「ありがとう。お前のおかげで、少し落ち着いたわ。」
と呟いた。

そこで初めて室内を見渡せば、室内は嵐が通り過ぎたかのように荒れ放題だった。

これ以上は無理というくらいに開いた窓と風にはためくカーテン、踏み付けられて香りを強くしている薔薇やベッドで横になる花瓶、それから、最初のティカップに、ベッドのサイドテーブルの上に丸められた紙くず、なぎ倒されたようにドレッサーの右側にかたまって落ちる化粧道具に、猫足は少し歪んでいる…

「片付けますね。」

僕はお嬢様から離れると、室内の片付けを始める。
とは言え、猫足をきちんと立ててガタつきを見たり、座面を上から押してみて座れるか確認したり、座面にふりかかった化粧の粉をはたいたり、お嬢様の涙を拭いた雑巾で磨いたり。

それからお嬢様の手を引いてそちらに掛けてもらい、その他の片付けを始めた。

ベッドには花瓶の水がひっくり返っていてびしょ濡れ。
けれど、掛け布とシーツのみで奇跡的にマットレスは無事だった。

僕は濡れたシーツなんかを抱えて寝室の扉の脇に山にする。
サイドテーブルの上の紙くずをごみ箱に入れようとして、そこにシドのサインを見たので広げると…

「それには触れないで!!」

お嬢様の手が伸びてきて紙を胸元に押し当てるように抱き締めた。

「これは…これだけはダメ。こうなってしまった今、これだけがシドを信じるための切り札になる。」

あれは、シドからの手紙だったのだろう。
お嬢様はシクシクときれいな涙を流される。

僕はお嬢様の背中を擦りながら再び猫足のところまで連れて行くと、自分は一礼して濡れたものや汚れたものを抱えて扉の向こうへ下がった。

僕と入れ替わるように心配顔の侍女ーズたちが寝室へと入り、残りの片付けやベッドメイクをテキパキと進めているのが、閉まり行く扉の隙間から見えた。


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