お嬢様の身代わり役

325号室の住人

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ある日、お出かけ前のお嬢様に言われた。

「あ、今日はアタクシの婚約者が見舞いに来るから。
じゃ、行ってきますわ。」

その後にいかにもお嬢様という高笑いを響かせながら、お嬢様はシドの左腕にぶら下がる勢いで扉を出て行った。

──あんなに派手に出掛けておいて、どこがお忍びなのやら。

でもとりあえず今のところは、他の家族からの苦情は無いようだし、ハイド様も文句も言わずに見舞いを続けている。


僕は仕事着である女物の地味な寝間着に給食当番のような形のナイトキャップを被ると、雑巾を片手にとりあえずベッドに腰掛けた。

「いよいよ! いよいよだわぁ~!!」

ピンクアフロことキャルルは何故か凄い気合いで、握った拳を天井に向かって振り上げた。

「ヤケにやる気だね…」
ボソリと呟けば、
「だって! 王子サマだよ! あたしの本来の目的は《王子サマ》だもん! お嬢様から婚約者を奪うのが、元々のあたしの使命だかんねっ!!」
倍以上の声量と文字数で返された。

《ピンク髪の女が、婚約者のいる王子と恋仲になる…》

──どんな乙女ゲームだよ。この国はどのお話の世界でもないんだからな!

僕は頭の中でキャルルに言い返した。
まぁ、本当に言い返してしまえば数倍面倒になるので、声には出さない。

「あら! 昔から、ピンク髪は王家の方々に人気なんだから!!」
「え…まさか声に出て…?」
「出てないけど、顔に書いてあんの!バレバレだし!!」
「そうか? すまない。」
「それじゃあたし、お化粧直さないと。」

キャルルがお嬢様のドレッサーの椅子に座ると、先日僕が磨いたばかりの猫脚がギシギシと軋む音が聞こえた。

キャルルはアフロ時代よりもちゃんとしたモノを食べるようになったので、以前よりちょっと肉付きが良くなったのだ。

僕は未だ軋む猫脚が不憫になって、ヘタに化粧するよりも素肌が1番みたいなことを言って、キャルルから猫脚を守った。






窓枠に乗って掃除していた窓のさんを丁度拭き終えた時だった。

コンコンコンッ

日勤の妻帯者である護衛がひょいと顔を覗かせ、キャルルを手招きした。

トテテテ…

扉へ向かったキャルルは、数回頷くと定位置へ戻ってスンッと顔を作った。

──いよいよ婚約者である王子が来たのか?

僕も、いつもの壺の中に雑巾を投げ入れると、定位置であるお嬢様のベッドへ潜り込む。
ナイトキャップを眉の下、掛け布を鼻の上という定位置に移動させると、軽いノックののち入ってきたのは、ハイド様だった。

「アリス…可哀相に。」

もうすっかりルーティンになったけれど、ハイド様は言いながら僕の頬を撫でた。

「今日はお前の婚約者が来ている。だが、会いたくないなら追い返すから、今のうちにお前の本心を教えてくれ。」

僕はキャルルを見た。

「ハイド様。お嬢様は、会うと仰っています。」
「そうか。ならば、婚約を破棄するために会うのか?」

僕はキャルルを見る。

「お嬢様は、違うと。」

すると、ハイド様はこの世の終わりのような表情をして僕の肩を掛け布越しに掴んだ。

「何故だ? お前は王子を毛嫌いしていたではないか!」

僕はキャルルを見、キャルルは予め決めてあったことを話した。

「お嬢様はいつも仰っています。『けれど私は公爵家の娘なのです。国の臣下なのですわ。』と。覚悟を決めていらっしゃるのです。」
「アリス…」

ハイド様は掛け布の中から僕の手をまさぐって握ると、僕の拳を額に当てながら涙を流してお嬢様のことを心配した。

それから僕の腕を掛け布の中へ戻すと、親指と人差し指で涙を拭って立ち上がり、僕に背を向けて扉の向こうへ消えた。


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