お嬢様の身代わり役

325号室の住人

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「うわっ…え?」

男の肩に担がれた僕は何度か扉を潜り、やっと背中が落ち着いたのは柔らかな…

─天蓋?

今は昼間だと言うのに、薄明かりの揺らぐ天蓋の下だった。

シャーッ…ジャッシャー…

天蓋の向こうに僅かに感じた陽の光は、カーテンを勢い良く閉める音と共に遮られて行く。

僕は、やたらツルツルと滑りの良いシーツの上を背面泳ぎしながら板に頭が当たるまで進み、それからその板に縋り付くようにして小さく丸まった。
その頃にはそれがベッドであると理解できていたけれど、何故こうなってしまったのかまでは想像すらできていなかった。

とにかく恐怖で、震えで顎がガタガタ鳴る。
僕は半泣き状態でヘッドボードらしき板にしがみつくことしかできない。

そのうち、コツコツという足音が近付いてきて、気配があり…
直後に僕はツツツーッと背中を撫でられ、背中がビクビクッと勝手に反応した。

「待たせたな。湯を浴びてきた。」

男の声ののち、背中に少し熱いくらいの男の手のひらの感触が来た。

勇気を出してそちらを振り返ると、髪がびしょびしょの上半身裸の男が、長い前髪の向こうの透き通る碧で僕を見据えながら口角を上げた。

「さぁ、始めようか。」

男は言うと僕を抱き寄せ膝に乗せ、僕の背中で手のひらを優しく上下させた。
優しく撫でられるようなソレに、だんだんと恐怖が薄れてくる。

ゆっくりと新鮮な空気が入って来て、深呼吸できるようになると、先程までの男臭さではなく花のような石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。

そうしてやっと男に対する恐怖が小さく僅かになったところで、男が少しだけ腕の力を弱めて僕の顎を持ち上げると、顔が近付き柔らかなものが唇に触れた。

男の顔が徐々に離れると、男が微笑む。
それを見て初めてキスをされたと気付き、僕は指先で自分の唇に触れた。
唇は少し湿っており、キスは本当だったのだと実感できた途端、僕は顔がカーッと熱くなるのを感じた。
男は何故か微笑ましいものを見たような表情を僕に向けると、今度は瞼をおろして顔を近付けてきた。
僕は完全にパニックになり男の顔を押し退けると、再び男に背を向けた。

「こんな初心な子どもをあてがうなんて…」

背中に男の声が聞こえ、男の手が僕の肩に触れて再び抱き寄せられる。

僕は抵抗して胸を叩いた。
でも離してはくれず、もろもろ諦めかけた時だった。

「まさか…!」

男はその一言と同時に僕を急に自分から引き剥がした。
僕は戸惑いの表情で男を見上げた。

「……ハッ、やはりか。」
「?」

男は僕の顔をまじまじと見ながら小さく溜め息を吐くと、

「お前は、あの言葉の意味を理解していないのだな?」

自分で言って自分で納得している男には疑問しかない。

「……は?」
「ふふっ…」

僕の声に男が困ったように笑う。

「『ハイド様のシーツを回収に来ました。』っていうのはさ、つまり、《ハイド様》の慰み者としてやって来た。事後のシーツを回収して帰ります、という意味なんだ。」

「…………………………は?」
「やっぱり。」

はっきり言って、頭が追い付かない。でも疑問も残る。それが顔に出ていたようだ。

「あぁ、そこもか。」

男は、徐ろに髪を掻き上げた。
無造作に下りていた前髪が上がり、高い鼻や男性にしては大きな瞳に凛々しい眉が見え…

「な!…え? ハイド様?」
「そう。私はこの公爵家の次期当主である、ハイド本人だ。」

どうやら僕は、ハイド様本人に向かって《エッチしよ?》って言ってたみたいだ。
気付いた瞬間、頭が真っ白になった……のだが…

「で、続けてもいいか?」
「ダメ! 絶対にダメです!!」

もちろん、僕は走ってその場から逃げたのだった。


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