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本編
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しおりを挟むこうして、クビ回避のためにお嬢様達のイチャイチャ中の見張りをすることになった僕だけど……
ハッキリ言って一番の下っ端である僕にできることなど限られていた。
たとえば、午前と午後のお茶の時間には部屋に2人きりになりたいからと廊下で見張りをしたり、朝食前の身支度で際どい場所につけられたキスマークが隠れるようなドレスや髪型に着付けさせた侍女達に銀貨1枚を口止め料として渡したり。
お嬢様と護衛剣士の関係がいつバレてしまうのかとハラハラしながら、真面目に仕事した。
そんなある日のこと。
その日は廊下で見張りをしていた僕へ、若い男が声を掛けてきた。
「お前は最近入った使用人だろう? こんな場所で何をしている?」
「申し訳ありません! 迷ってしまいまして。」
僕は咄嗟にペコリと頭を下げる。
貴族社会に於いて、身分の上の者の許可なくして顔を上げることはできない。
僕は最下層の使用人で、僕が最近入った使用人だと知っているのはまぁまぁ上の使用人だろうと思う。
とは言え、上の使用人には、僕のように完全に爵位を失った貴族家の出身の者ではなく、ギリギリ爵位を守ったままというギリ貴族もいる。
そういう貴族は、腹いせに理由があればすぐにイチャモンつけてくるヤツもいるんだ。だから、面倒事を回避するために絶対に顔を上げてはいけない。経験者談ってヤツだ。
ただ別の問題もあって、振り返りざますぐのお辞儀だったので、僕は相手の顔や身形を全く見ていなかった。
しかも、仕事を覚えるのにいっぱいいっぱいで、直属の上司で僕らに仕事を割り振ってくれるマルコさんの他には、当主一家の顔と名前程度しか記憶がなかったから、相手が何者か見当もつかない。
見えるのは、ただ傷一つなく美しく磨かれた黒い靴だけだ。
ふと、その靴がこちらへ動いた。
けれど、まだ声はかからない。
逃げたい。
でも、今は動く訳にはいかない。
「お前…いい加減顔を上げたらどうだ?」
頭を下げた僕の顔の前を何かが通り過ぎると、顎をクイッと上げられ、強制的に男と顔を合わせることとなった。
男は、乱雑にした前髪の奥から、透き通る碧で僕の瞳を覗き込む。
「……くっ…」
男との身長差に、頭と首が離れそうになって声が出る。
「すまない。」
「ゔ…わわっ…」
急に顎を解放されて、でも膝が抜けてよろけてしまった。
「危ない!」
転びそうになった時、男が僕の腕と肩を支えてくれた。
一瞬、力強い腕に恥ずかしくなって頬が熱くなる。
「……ありがとうございます。」
消え入りそうな声で礼を述べると、慌てて数歩後退った。
背を向け、また俯くように頭を垂れた。
お嬢様からの命令とは言え、後ろめたいからだ。他にはなんの理由もないのだ。
背後に、男の溜め息が聞こえた。
きっと、態度の悪い使用人に呆れたのだろう。
「いや、良いんだ。それよりお前は居住フロアで何を? 見たところ、掃除用具も持っていないだろう?」
僕は、肩をビクッと跳ねさせてしまった。
やっぱり怪しい…よな……
僕は咄嗟に、お嬢様から指示されていた言い訳をした。
『お兄様は朝早くから鍛錬や領地の見回りでいつも留守なの。誰も気に留めずに納得すると思うわ。だから、そういう時はね…』
だもの、何もやましいことなく、はっきりと伝えたんだ。
「ハイド様のシーツを回収に来ました。」
すると男は無言で僕の前に回り込むと、あっという間に僕を肩に担ぎ上げた。
「心得た。お前ならば─…………」
男の背中側に耳がある僕には最初しか聞こえなかった。
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