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霧と芝生

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──これ以上はヤバい。逃げるんだ!

僕は全身の筋肉を総動員して、顔から突っ込むようにしてベンチから落ちた。

力の入らない膝を叱咤しながら逃げようとするが、ついさっきまではクリアだった視界が、泣いたのかかすんで見える。

──霧が出ているような……?

そんなことに気を取られていたからか、何かに足を取られて転んだ。

はだけたシャツの隙間の裸の胸が草の上を滑る。どうやらここは芝生の上のようだ。

──逃げろ!

僕は慌てて身を起こすと、足を前に踏み出す。

──逃げろ!

口の中に血の味がする。
転んだ時に、口のどこかが切れたのかもしれない。

がむしゃらに走った。
いや、実際には足は縺れてうまく走れていなかったと思う。
けれど諦めずに、ふらつきながらも前へ足を踏み出すことは諦めなかった。

だが限界は来る。
体力の限界が来たのか、酸欠になったのか、僕は頭がクラクラとして、前へ倒れ込んでしまう。

視界は、霧が掛かりながらも見えている部分が急激に狭まる。
けれど、青々とした芝生だけは何故か鮮明に目に訴えて来た。






目が覚めた。
そこは、薄暗い部屋だった。

けれど、後ろから力強く抱きしめる腕には覚えがあった。

「……ソー……?」

喉が痛いくらいにカサカサで、思うように声が出ない。

僕は彼の名前を呼ぶのを諦め、彼の腕の中で《回れ右》した。

──やっぱり!

視界に広がるのは、芝生色の眉とまつ毛、色白の肌、彫りが深くて外人顔、それに美形。
でも、目の下にはマーカーで書いたみたいな酷く濃い隈がある。

眠っている顔はあどけない。

僕は、少しだけ開いている唇へ、自分の唇を合わせた。

ピクッと動いた瞼がゆっくりと上がり、金色の瞳が徐々に焦点を合わせるように僕を見…

「ケイ! 本当に…? 成功したんだ!!」

それから、背骨をヤられる程の強い力で抱き締められ、濃ゆいキスをされた。

ソーマから送られる唾液を飲むと、自分がどれだけ乾燥していたのかに気付く。

ソーマも感じたようで、サイドテーブルの水差しから水を口に含むと僕にキスをしながら水を分けてくれた。

「もっとぉ!」

強請るように、自分からソーマの口内へ入り、舌へ絡みつく。
すると、ソーマが僕を左腕だけで支えるようにして、水差しから直接グビグビと喉を鳴らして水を飲んだ。

人心地ついてから、僕が体験したこと……日本に帰ったことを話すと、ソーマも話してくれた。

「それは、ミレイルではないですか。確か、ケイの世界へ送られたとか話していましたよね。」

こちらへ戻ってきてしまえば、僕の中の日本の記憶が薄れていることに気付く。
何故か、研修生の顔が思い出せないのだ。

「きっと、私がアイツの名前を出さないだけで、ケイの記憶から奴が消えるのではないですか。
ならばもう言いません。忘れてしまいましょう。」

ソーマは茶目っ気たっぷりに笑った。


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