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家族
しおりを挟む「エリサ! もう体調は良いのか?」
扉の開く気配に、バルトルが私のところへやって来ました。
その時、ヴィクトルの体がぐらりと揺れ、後ろに倒れて行きます。
「あ!」
声を上げただけの私に対して、バルトルは素早く戻るとヴィクトルを抱き上げました。
そのまま高く持ち上げるようにすると、
「キャッキャッ…」
可愛らしい笑い声を上げながら、ヴィクトルの口元からよだれが一筋バルトルの頬に着地しました。
「気をつけろよヴィー。おぬしはまだ、頭が重いのだからな。でも無事で良かったな。」
バルトルは手慣れた様子で、ヴィクトルを抱いて揺れています。
そのまま眠ってしまったヴィクトルを寝室の敷布の真ん中に寝かせ、午後の陽射しが強く入る窓にだけ厚いカーテンを引くと、音を立てないように扉の辺りからそっと見守る私の方へ戻ってきました。
「エリサ。話したいことがあって…この扉は少し開けておくから、お茶でも飲もう。」
バルトルは、私の肩を抱きながらソファまで誘導しました。
「待ってて。」
私が掛けると、バルトルは手早くワゴンでお茶の準備をしてくれました。
いつもルルハさんが淹れてくれるのは、母乳に影響がないものの少し手間のかかるお茶なのですが、バルトルは手慣れた手付きでテキパキと支度します。
砂時計のひっくり返し方も手慣れた様子で、ルルハさんが淹れてくれるのを待つのと同じタイミングでこちらに戻ってきました。
ティセットを2つ、私の前と自分の前に置くと、テーブルを挟んだ対面の席に着きました。
コクリ…
お茶はルルハさんと同じ味がしました。
「バルトル様、お茶も淹れられるのですね。美味しいです。」
「ありがとう。練習したからな。」
バルトルはふざけて胸を張るようにして、笑った。
暫く静かにお茶を飲んでいると、バルトルが言いました。
「エリサ…俺は未熟で、君が何か俺に伝えたいことがあってもレレキ達みたいに気付くことができない。
だから、できるだけ直接言って欲しい。《嫌い》でも、《どっか行け》でも、《顔を見たくない》でも。それに、《つらい》とか《怠い》とか《疲れた》とか、そんなことでも良い。俺は、エリサに言われることなら何だって嬉しいから。」
「バルトル…私、寂しかった。ヴィクトルが生まれても、会いに来てくれなくて……それなのに、ヴィクトルのことは何も言わないし、産むのも大変だったのに、何も、言わないし……なのに今にも婚姻式が始まってしまいそうで……だから、私。」
泣き出してしまえばバルトルは私の近くへ膝をついて涙を拭ってくれ、それから隣へ座ってフワリと抱き締めてくれました。
背中をさすりながら、
「ごめん。エリサ……ごめん。」
「私もごめんなさい。頬、痛かったでしょう?」
「いや、悪いのは俺だから。」
「でも……」
バルトルの胸は温かく、私は知らないうちに眠ってしまったようでした。
バルトルの胸から顔を上げると、バルトルの真っ白のシャツに悪霊の顔が浮かび上がっていました。
たくさん泣いて私の化粧が流れてしまったようです。
結局、その日再び神殿に戻るには遅くなってしまい、
「それじゃ明日、神殿の前で待ってる。」
バルトルはそう言い残して、馬車で何処かへ帰って行きました。
「奥様。今日はたくさん泣いてしまわれましたからね。明日に備えてしっかりと準備してから眠りませんと!」
今晩は少しリリサにお説教されながらの入浴です。
「ねぇ、リリサは知っていて? バルトルとヴィーが仲良しな件について。」
私が訊ねると、リリサはものすごく驚いた顔をしています。
首を傾げると、何と、バルトルは出産からこっち、ほぼ毎日この部屋に顔を出していたと言うのです。
ただし私が眠ってしまった後のことが多く、ヴィーが起きていれば遊んだり、リリサが控えていた時には、バルトルの来訪に私は敷布の上から挨拶をしていたと言うのです。
「私、全く記憶がないわ。元々、疲れて眠った日は寝言が多いと、最初のルームメイトに言われたことはあったけれど。もしかして…?」
「それかもしれません。何しろはっきりとお話しになっていたので。」
「え………」
私が入れそうな穴を探したのは、言うまでもありません。
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