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領内の神殿へ
しおりを挟むバルトルには会えないながら、息子はどんどん成長します。
他家のように布でぐるぐる巻きにしてしまうというのはどうしても可哀想で、治療院の泊まり着を参考にしたゆったりした服を小さく作って着せ、こちらの時間に関係なく息子の欲求に合わせて乳を与え、一緒に横になって眠りました。
ただ眠っているだけだったのが、身体を捩って俯せになったり仰向けになったり、手足が広範囲に動くようになると、ただ泣いていただけだったのが、うーうー、あーあーと何やら話し掛けているようになりました。
《ママ》と呼んで欲しくて、何度も教えるように自分を指しては伝えました。
腹這いでベッドの上を動けるようになると、もう本当に目が離せなくなってベッドに上がるのが恐ろしく感じたのでルルハさんに相談すると、ベッドを撤去して異国の厚みのある敷物を敷いてくれ、そこで2人で転がりながら1日を過ごすようになりました。
毎日、たくさん動いてたくさん食べて…
私はたくさん吸われるだけで全く運動をしないので体重が増加し、息子と2人、どんどん顔が丸く育ってしまいました。
ヴィクトルが最初のパン粥を美味しそうに食べた日のことでした。
なぜか私は、侯爵領内にある神殿へ行くことになりました。
「エリサちゃん、今日はわたしたちがビクトルを預かるからね。安心して行ってらっしゃいな。」
「ずっとずっと、我慢を強いて苛立っているからな。もしかしたら数日帰れないかもしれないが、とにかくヴィクトルのことは何の心配もないからね。」
神殿には、何か危険な獣が捕えてあるのでしょうか。
その後は何故か身体を磨かれ、全身をレースで包むような純白のドレスを着て到着した先には、私と同じ色合いのスワローテールコートに身を包んだバルトルが居ました。
また暫く会えないうちに頬のラインがシュッとして、精悍な顔付きになりました。
「エリサ……綺麗だ。」
バルトルはうっとりと私を見つめます。
私とバルトルの服装にこの場所である神殿と来れば、これから何が始まるのか、流石にわかります。
けれど、私にはどうしてもモノ申したいことがありました。
「バルトル様…」
「ん?」
「バルトル様。これからこの神殿に入って行く前に、私に言わなくてはならないことがありますよね?」
「何だ? 《愛してる》?」
「それは私も愛しておりますが、違います。」
「ならば……あ、そうだ。サルエルが学園に通うことになってな。王都の邸に今暮らしているんだ。」
「まぁ、そうなんですの? お元気そうで何よりですわ…………って、違います。」
「違うのかァ…ならば何だろうか。」
全く気付かない様子に、私は苛立ちを感じました。
「それではヒントです。私をよぉく見て見てくださいませ。」
私はバルトル様から少し離れたところでクルリと回りました。
トレスの裾がふわりと。
気持ちお胸が揺れました。
再びバルトル様を正面から見据えると、バルトル様はデヘデヘ笑いながら気持ちの悪い笑みを…
私は力いっぱいバルトル様の頬を張りました。
この場にレレキさんが居ないのです。
ルルハもララカも、リリサも居ません。
私はそのまま、しゃがみ込んで顔を庇います。
そして泣きました。
大声を上げて、お腹が空いたヴィクトルのように。
目が覚めると、寝室の敷布の上に居ました。
ただ、私は一人でした。
「ヴィー?」
息子はどこにもいません。
そこでやっと、私は自分の姿を見下ろしました。
「あ…ドレス。」
そこで、やっと私は自分がどこで何をしてきたかを思い出しました。
出産からこっち、全く会いに来てくれなかったバルトルが目の前に現れました。
けれど、出産のことも息子のことも一切言ってこないバルトルに苛立って……
男性の頬を張るなんて、私は何てことをしてしまったのでしょうか。
すると、少し開いた扉の向こうの部屋から、息子の笑い声が聞こえました。
「グフフフ…フフッフフフッ……」
顎の下を指先で撫でると、低音の笑い声を発するのです。
笑顔が天使なだけに、このアンバランスさに私もつい声を上げて笑ってしまうのです。
ただ、今のところ成功するのは私だけ。
ならば、なぜ息子は笑っているのでしょうか。
室内履きをつっかけ、
「ヴィー?」
扉を開いた時でした。
「ヴィクトルは本当によく笑うなぁ。そうしていると、ママにそっくりだ。愛らしいぞ。」
「グフフフ…フフフゥ……」
敷布の上に俯せに寝転がったバルトルが、座った状態のヴィクトルの顎の下を指先でコチョコチョしていたのでした。
どう見ても《今日初めて会った関係》には見えない光景に、私は混乱しました。
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