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しおりを挟む「それでね、わたくしはあの後、叔母のところへ参りまして、叔母の離宮に滞在することになったんですの。」
「叔母…? 離宮…ですか?」
「えぇ。叔母…母の妹は、この国の何番目かの妃ですの。」
「へぇ~…」
僕は生返事をしながら、窓の外に夢中だった。
王城へ向かう時に見た市場のバラックとは違った、雑貨屋や服屋、お菓子屋など、貴族も買いに行けそうな店が、今走っている馬車の行き来に適した石畳みの道に並んでいるのだ。
僕の実家は田舎だし、通っていた騎士学校だって周りは山に畑に、丸太を渡したような簡素な橋しかない急流が自然のままに配置されていたような立地だったので、今こうして見ている全てが新鮮なのだった。
目の前のシェミリエ様は今もお話しされている通り、こういった店は珍しくない環境に身を置いていらしたのだろう。
隣国から嫁いで、妹さんは何番目かの妃という家柄は自国の公爵家にあったはずだと、騎士学校の図書室の、司書の執務机からすぐの棚にあった貴族年鑑に載っていたなと思い出す。
確か、王家の次に載っていた公爵家の次女の名前が《シェミリエ》だったはずだ。
…ということは、婚約者は僕の婚約者が寄り添って人前で口吻していたあの王子だ。
まさか、公爵家のご令嬢さえも僕と同じように国外追放にしてしまったなんてこと…
「シェミリエ様…その節は、僕の元婚約者が…」
そこまで口にしたところで、
「構いませんわ。元々、あの王子とは何かしらの理由をつけて婚約を白紙に戻そうと考えていたところでしたの。
我が家としては、王家から慰謝料も得られましたし、わたくしとしてもこの国へ滞在する正当な理由ができて、万々歳というものですわ。」
とても力強い返答だった。
それどころか、
「逆に、貴方にはお礼を言わなくては。あの年になるまであの娘を甘やかして、頭空っぽのパッパラパーにと育ててくださって、ありがとうございました。
わたくしの計画がうまく行ったのも、あのお花畑令嬢なればこそですわ。だから、今後は何もお気になさらないで、ね。」
シェミリエ様は向かいに座る僕の足元へ下り、僕の両手を握る。
そして上目遣い。
これで頷かない男が居たらお目に掛かりたい程の愛らしさだった。
「う……わかりました。」
元婚約者の言われっぷりに何の感情もわかないことに少し驚いたものの、しっかり吹っ切れている自分に何かホッとできたのだった。
「さぁ、そうこう言っているうちに、到着したようですわ。こちらよ。」
馬車が止まって、熊のような大男が扉を開いてシェミリエ様をエスコートする。
僕は半ば飛び降りるようにして馬車から降りると、そこは貴族女性が町娘風の服装をしたり、貴族男性が商人風の服装をしたりという、お忍びファッションの服屋だと案内された。
店内に入ってみれば、貴族の盛装を作る時に使う生地で作られた平民風の服や、平民にありがちな茶髪のカツラ、質素な髪紐に木でできたズックなどが一式トルソーに掛けられていた。
「わたくしね、貴方にはこういったモノが似合うと思うのよ。どうかしら。」
シェミリエ様が指し示すのは、町娘風のワンピースと茶のお下げ髪のカツラに木でできたズック靴のセットだった。
服装の性別が変わってしまうことに、多少モノ申したくなったものの、シェミリエ様のキラキラとした期待するような視線に耐え切れず、僕はつい、頷いてしまったのだった。
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