11 / 37
11
しおりを挟む「見せてみろ。」
半ば強引に顎を上げられ、真剣なエメラルドと視線が絡む。
今日は、昨日のような虚ろな感じはないようで安心した。
耳の下に彼の指先が触れる。
温かい。
「脈は正常の範囲だ。熱は…」
彼の顔が近付いてきて慌てて目を閉じると、額と額が触れた。
顔を拭いた後に《おっさん》によって風を切って移動してきた僕の額は冷たいが、そのせいで彼の温かさが際立って、昨日のことを思い出してしまう。
──出てくるな!
頭の中に現れる昨日の彼の、上気した頬や肌や、一房だけ残して上げていた髪や、そういえばまつ毛も長かったなとか、まつ毛も薄い草色なんだなとか、いろいろを頭の中の俺が両手を振り回して追い払おうとして、不意に両方の手首を掴まれる。
驚いて瞼を上げれば、
「ま、こんなに暴れる元気があれば、大丈夫だな。」
とっくに僕と距離を取っていた彼が、僕の手を離すと呆れ顔でそう言った。
「はぁ、まぁ…」
僕は曖昧な返答しかできない。
「だからお前は朝食が終わったら退院。」
彼の手が再び僕に伸びてきて、僕はあわてて目を閉じた。
彼から伸びた手は、僕の頭の上に着地した。
「あとでシェミリエが迎えに来るってさ。よく頑張ったな。」
彼の笑顔が眩しい。
──退院したら、もう会うことはないのだろうな…
「……あのっ! お世話になりました!!」
僕は頭を下げる。
「えと、それから…」
何か他に口から飛び出しそうになった言葉があったはずだけれど、うまく言葉にできなくて口ごもって頭を振った。
「おう! ま、それが俺の仕事だからな。」
彼はニカッと笑って言った。
「まだ名乗ってなかったな。俺はアレン。もう家名は捨てたから気にするな。
この国境の丘の上で、種族を問わずに対応する診療所を開いている。」
「僕は…」
僕も名乗ろうとした時、天井と床の間に空色の魔法陣に乗って現れたのは、熊のような大男の肩に乗る淡紫色の髪の美少女だ。
「シュヴァル!」
「シェミリエ様?」
「国から許可証が出たわ。ハイこれ、貴方の分だそうよ。さぁ、早速王都へ行きましょう!!」
僕はそのままシェミリエ様に手を掴まれ、一緒に転移陣に乗せられる。
あっという間に視界が水の中に入ったようにぼやけ、彼のことも薄い草色の塊にしか見えなくなる。
「《ちんちくりん》!」
彼の隣から声がする。土色に見える塊は《おっさん》だ。
──《ちんちくりん》! マスターには昨晩の記憶は無い…
最後は土色と草色とが混ざり合ってしまう中、頭の中へ響いた《おっさん》の声は、彼に昨日の鍾乳洞の中の風呂での記憶が無いことを告げた。
それならば先程の彼の態度も納得だ。
「ありがとうございました!!」
「そんなに街へ行きたかったのね。迎えに来てよかったわ。ふふ…どういたしまして。」
最後に彼と《おっさん》に礼を告げたつもりだった僕の声は、馬車の向かいに掛けるシェミリエ様に届いたらしく、ものすごいキラキラしい笑顔の彼女から言葉を返された。
僕はちょっと微妙な表情になり、視線を車窓へと移す。
窓の外には麦畑が広がっている。
午前の強い陽がまだ青い麦畑を煌めかせて、あのエメラルドの瞳を思い出させ、ちょっと胸が痛いような気になった。
30
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる