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「見せてみろ。」

半ば強引に顎を上げられ、真剣なエメラルドと視線が絡む。
今日は、昨日のような虚ろな感じはないようで安心した。

耳の下に彼の指先が触れる。
温かい。

「脈は正常の範囲だ。熱は…」

彼の顔が近付いてきて慌てて目を閉じると、額と額が触れた。

顔を拭いた後に《おっさん》によって風を切って移動してきた僕の額は冷たいが、そのせいで彼の温かさが際立って、昨日のことを思い出してしまう。

──出てくるな!

頭の中に現れる昨日の彼の、上気した頬や肌や、一房だけ残して上げていた髪や、そういえばまつ毛も長かったなとか、まつ毛も薄い草色なんだなとか、いろいろを頭の中の俺が両手を振り回して追い払おうとして、不意に両方の手首を掴まれる。

驚いて瞼を上げれば、

「ま、こんなに暴れる元気があれば、大丈夫だな。」

とっくに僕と距離を取っていた彼が、僕の手を離すと呆れ顔でそう言った。

「はぁ、まぁ…」

僕は曖昧な返答しかできない。

「だからお前は朝食が終わったら退院。」

彼の手が再び僕に伸びてきて、僕はあわてて目を閉じた。
彼から伸びた手は、僕の頭の上に着地した。

「あとでシェミリエが迎えに来るってさ。よく頑張ったな。」

彼の笑顔が眩しい。

──退院したら、もう会うことはないのだろうな…

「……あのっ! お世話になりました!!」
僕は頭を下げる。

「えと、それから…」

何か他に口から飛び出しそうになった言葉があったはずだけれど、うまく言葉にできなくて口ごもってかぶりを振った。

「おう! ま、それが俺の仕事だからな。」

彼はニカッと笑って言った。

「まだ名乗ってなかったな。俺はアレン。もう家名は捨てたから気にするな。
この国境の丘の上で、種族を問わずに対応する診療所を開いている。」
「僕は…」

僕も名乗ろうとした時、天井と床の間に空色の魔法陣に乗って現れたのは、熊のような大男の肩に乗る淡紫色の髪の美少女だ。

「シュヴァル!」
「シェミリエ様?」
「国から許可証が出たわ。ハイこれ、貴方の分だそうよ。さぁ、早速王都へ行きましょう!!」

僕はそのままシェミリエ様に手を掴まれ、一緒に転移陣に乗せられる。
あっという間に視界が水の中に入ったようにぼやけ、彼のことも薄い草色の塊にしか見えなくなる。

「《ちんちくりん》!」

彼の隣から声がする。土色に見える塊は《おっさん》だ。

──《ちんちくりん》! マスターには昨晩の記憶は無い…

最後は土色と草色とが混ざり合ってしまう中、頭の中へ響いた《おっさん》の声は、彼に昨日の鍾乳洞の中の風呂での記憶が無いことを告げた。

それならば先程の彼の態度も納得だ。

「ありがとうございました!!」
「そんなに街へ行きたかったのね。迎えに来てよかったわ。ふふ…どういたしまして。」

最後に彼と《おっさん》に礼を告げたつもりだった僕の声は、馬車の向かいに掛けるシェミリエ様に届いたらしく、ものすごいキラキラしい笑顔の彼女から言葉を返された。

僕はちょっと微妙な表情になり、視線を車窓へと移す。

窓の外には麦畑が広がっている。
午前の強い陽がまだ青い麦畑を煌めかせて、あのエメラルドの瞳を思い出させ、ちょっと胸が痛いような気になった。


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