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「よし、大丈夫だな。肉でも甘味でも何でも食べていいぞ。」

言ったのは、回転する丸椅子に掛けて執務をするには足りないような小振りなデスクにつき、姿勢正しく書き物をしている、薄い草色の腰までの髪を背の真ん中辺りで縛った、細身で色白の、眼鏡の奥にエメラルドの瞳の光る美しい人。
けれど、顔に合わない男声だ。

「え……」
「はぁ? まさかお前も俺をメスだと思ったとか?」
「あ…えっと……」

男は少し乱暴な言葉を吐きながら、まだ診察台に座っていた僕に迫ってくる。
僕は彼から離れるように尻で後退り、けれど無情にも壁と背中が触れる。

「こんなに男らしいってのに、失礼な…」

男は、白衣の左袖を捲って二の腕に作った力こぶ?を撫でながら言う。

「ま、どっちが女っぽいかって言えば、お前だけどな!」
「ですよねー…」

僕は騎士学校でも背が1番低く、筋肉も付きにくい見た目をしているんだ。
普段からも女子の居ない騎士学校で女役しろ女装しろと言われているので言われ慣れたものだけど、初めて会う人に言われてしまえば僕も顔を引きつらせた笑顔しか返せなかった。

「よし。運動機能や反射も問題ないな。じゃ、どこへでも行っていいぞ。」

目の前の男が僕に向かって指を弾くようにすると、また空色の転移陣が空中に出現し、僕はそこへ吸われるようにしてその場を後にした。




ドンッ
着地点は少し粗雑な感じのあるクッションの上。

目の前には料理の並んだ木こりの家のようなテーブルがある。
作りたてなのかいい匂いが食欲を誘う。

「おかえりなさい、シュヴァル。」

僕の向かいでは、淡紫色の緩やかなウェーブの髪に白い衣装を纏った女性がコロコロと笑った。

「わたくしはシェミリエと申しますわ。貴方と同じ、あちらの国から出されました。こちらには旧友を訪ねて参ったのですの。
さぁ、好きなだけお召し上がりなさいな。」

ぐぅぅごぉぉぉ~~~…

僕は盛大なお腹の音で返事をすると、またコロコロと笑われる。

「さぁ、遠慮しないで。わたくしも貴方と同じ、今では平民の身ですもの。マナーは気にしなくて大丈夫よ。」
「はい! ではいただきます!!」

学校の寮から水しか口にしていなかった僕は、手掴みで力の限り食べ物を頬張った。

「たんとお食べなさい。貴方、3日も眠っていたのだもの。」
「え…ゴボゴボ……」

慌てたシェミリエ様が、僕の背中を擦ってくださる。

「ずびばぜ……」
「お気になさらず。」

実際に彼女の手を見ることはできないが、華奢なのは間違いないのを背中で感じる。

「ふふ…誰も盗らないわ。全部貴方のための食事なのだから、ゆっくり召し上がりなさいな。」

シェミリエ様の淡紫色の髪と同じ魔力が僕の両手から食べ物の汚れを取り去る。
僕はコクコクと頷きながら、今度は片手にフォーク、片手に水の入ったグラスを持って、昼休みが始まってすぐくらいの気持ちの余裕を持って食べ始める。

先程はそこまで感じなかったけれど、味がした。
いつも食べているものより塩味が強く、その所為か以降一番進んだのは水だった。






「んあ!」

気付いたら、食べながら寝ていたらしい。
またコロコロと笑われて恥ずかしい。
握っていた筈のフォークも、掴んでいた筈のグラスも、テーブルクロスには目の前にあれだけあった料理も何もなく、何なら僕の口元さえソースはない。

「平民なのにおかしいとお思いかもしれないけれど、侍女が片付けてしまったの。だから安心なさって。」

美しいシェミリエ様のご尊顔に、僕の顔はすぐに赤くなる。

「は…はい。」
「うふっ…かわいらしいわね。」

目の前の淡紫の人はまたコロコロと笑う。
僕は益々真っ赤に、そして身を縮めて恐縮してしまう。

すると、不意にシェミリエ様が姿勢を整える。
僕も慌ててピンッと背中を伸ばした。


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