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しおりを挟む女性社員は、そのままスルスルと腕を体側に戻すと、
「あっ…えと、ごめんなさい。」
俯きながら、数歩後退った。
島津は再び王子様のような営業スマイルを浮かべると、無言で作業に戻る。
山代さんは、若い女子ならそのままヤれそうな鋭い視線を小出さん達に向けながら、
「君たち、そろそろ始業時間だよ。」
抑揚も感情も乗らない声で告げると、
「さぁ、できた。」
「こちらも終わりました。」
「サンキュ。じゃ、もらう。」
ダンボール箱を抱えて総務部を出て行った。
島津は、
「ちょっと置いてくるから待ってて。」
チュッ
わざとリップ音をさせるように額にキスを落とすと、山代さんの後を早歩きで追って行った。
「何なのよ!」
「先週までと全然違うじゃない!」
「島津主任、怖すぎる。ねぇ小出さん、もうやめようよ。」
「あたしクビはいや。もう降りるわよ!」
ネイラーズの殆どが小出さんにそう言うと、そそくさと自分のデスクへ向かっていく。
残った小出さんは私の方をじーっと見つめると、肩にふわっと下ろした髪が揺れるほどプイッと顔を背けて廊下へ出て行った。
そこで初めて思い出す。
このデスク、小出さんのだった…
頭の上のバスタオルを肩に掛け、私はデスクからぴょいっと跳び下りて服装を整える。
「それでは皆様、お世話になりました!」
ドアのあたりに立って言ってから、深々と頭を下げた。
たっぷり5秒程度数えてからゆるゆると顔を上げる。
しかし、小出さんから離れたネイラーズの方々は無反応だった。
廊下に出ると、小出さんと島津がお取り込み中だった。
「島津主任! 私、あなたのことが好きだって先日お伝えしましたよね。どうして私を選んでくれなかったんですか?」
小出さんは島津を見上げ、涙で瞳をウルウルさせながら縋り付こうとして、島津に身を躱されて失敗していた。
「なんで! 急に冷たくなって、酷いですぅ!」
甘えるように小出さんが言うと、
「よく、そんなことが言えるな。君は斉藤さんに何をした? あんなことしているのを見てまで、君を選ぶような男居ないだろう。」
「だって! スカ先輩ですよ? みんなと同じように接しないと、私がハブられます。」
「なぜ? ここは学校みたいに閉鎖された空間ではないし君はもう成人した立派な大人だ。なぜ同調しないといけない?」
「だって《スカ》ですよ? 《ハズレ》なんですよ? 朝日さんだってそう呼んでるし、だいたいそれって、ハブれっていう意味じゃないですか!」
「? 《スカ》は彼女の名前、《スカイ》から姉が呼び名を考えたハズだけど?」
「え? 《スカイ》? 姉?」
「そう。君の上司は一昨日まで《島津旭》という名前だった俺の姉で、昨日からは《山代旭》となった、山代さんの最愛。
俺が主任になった時に、《島津主任》が2人になると紛らわしいから、姉は《旭主任》と呼ばれるようになった。なぜか皆、《朝日主任》って書いてるけどな。
そしてスカイは、昨日から《島津空》、俺の最愛の妻になってる。
この意味がわかるか?」
小出さんは、膝が抜けてペタリと座り込んだ。
島津は私に気付いて、小出さんの横を素通りして私のところへやって来た。
「それじゃ、営業部へ行きましょうか、姫。」
島津はふざけて、ボウ・アンド・スクレープをした。
「はい、王子。」
私は笑いを堪えながら、島津の差し出す右手に自分の右手を重ねた。
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