なぜか、同期のモテ男に好かれてしまったのですが…

325号室の住人

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っくしゅ!

今度は島津のくしゃみ。

「ねぇ、そろそろ会場へ戻らない?」

テラス席から社食への扉を開くと、先程まであったソファセットは撤去され、参加者も司会も、ついでに言えば料理もドリンクもなく、辛うじて扉の辺りの《CLOSE》のパネルに当たった小さなライトが灯るだけだった。

廊下側へ続く扉には部長の文字で、《施錠後、鍵は守衛さんまで》とのメモが貼り付いていた。

施錠後、ロッカー室に寄ってから守衛室を通って裏口から街へ踏み出すと、もう既に出来上った酔っ払いの多い時間になっていた。

島津は自然に車道側へ回り、有無を言う隙間もなく手指を絡め取られ、気付けば、今どき少女漫画でしか見ないんじゃという恋人繋ぎになっていた。

「もう遅いから、今日は送らせて。」

島津からの真っ直ぐな視線に、気付くと頷いていた。






俺はうかれていた。

だから繋いだ手は離したくないし、何ならこのまま一緒に住みたいし、明日には婚姻届を出したって構わないと思っていた。

ところが、スカイは改札の手前の柱の横で立ち止まり、俺を仰いだ。

「島津くんは、さ、確かバスだったでしょ? この先はもう地下鉄だよ?」
「《島津くん》? 《あかり》って呼んでくれないの?」

スカイは顔を背けたところで頷いた。

「なん…」
「だって、恥ずかしい。2人きりの時だけがいい。」
スカイの耳が朱に染まる。

「俺って恥ずかしい?」
訊けは、スカイはかぶりを振った。

「違うの。急すぎる。これじゃ慣れるなんて無理。」
「………………」

──拒否られたのか? 何だかショックだ。

「あの、この手も、離してくれると…」
「え?」
「あの…距離感! 急に近過ぎて、困る。」
「ダメ?」
「だって、ついさっきまではただの《同期》だったんだよ?」
「ただの…」
「そうだよ。例えば、山代さんと江藤さん、いつも手を繋いでいる?」

山代さんは営業部の男性社員、江藤さんは営業部の女性社員で、2人は同期のライバル関係でマウントを取り合っている。
どちらかと言えば喧嘩ばかりだ。

俺はかぶりを振る。

「だよ? だから…」
「でも、2人は付き合ってないから…」
「付き合って…でも私達は《両想い》?になってまだ1時間だよ?」
「だから何?」
「もし高校生だったらどう? 昼休みに告白して両想いになって、午後の時間に『離れたくない…』って彼氏に言われたとしても授業があれば離れるでしょ? それと同じ。」
「同じ…」

俺はその時、自分とスカイとの気持ちの大きさに差があると感じた。

「だから、ごめんね。」

スカイによって、やんわりと俺の手は剥がされる。

俺はそのまま自分の掌を見つめた。
そこにはまだ、スカイの手の温もりが残っていた。


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