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──めんどくさ…

呟いたスカイは、化粧直しに溜め息を吐いた。

これまでは化粧の《け》の字もなかったので、昼休みは本屋をひやかしたり雑貨屋をひやかしたり、カフェで読書をしたりととても有意義だったのに。

ほんの10日前なのに、もう遠い昔に思えてしまう。

空は化粧ポーチのジッパーを閉めると、顔を左右に振りながらメイクのチェックをする。


就業後は就業後で、なんのトラブルも雑用もなく定時に仕事が終わる。

仕事上がりにすぐ上の上司に連れ回されるのは、エステにサロンにデパートにブティック。
プロのカラーコーディネーターにトップスタイリストにエステティシャンにリフレクソロジストにネイリストにメイクアップアーティストに…無理矢理のように会わされた、横文字職業の方々。

疲れ果てて夜はよく眠れるようになったけれど、代わりにアニメは全て録画になったし、それも溜まる一方の消化不良…
ストレスは溜まる一方だった。


けれど、それももう今日で終わる。
今日の就業後はいよいよ例の婚活パーティー。

神と崇める絵師様による推しのカレンダーの日付に雑誌の付録のシールを貼りまくって耐えた日々も、今日で終わる。


準備万端整えた空は、これまで持っていたお財布ポシェットよりも大きな化粧ポーチを抱えてトイレを出た。






食堂での噂話がどうにも気になって、俺はスカイを探した。

部署にも、席にも、いつも弁当を食べている屋上にも見当たらないので、今日は外に出たのかもしれないと考え、あまり人気ひとけの無い、資料室の向こうのトイレの前を通ろうとした時だった。

「ぶへ!」
「ごめっ」

前をきちんと見ていなかったのだろう俺は、トイレから出てきた女とぶつかった。

「大丈夫?」

俺の問いに眼鏡を外した女は、掛け直すと、

「大丈夫そうよ、心配ありがとう、島津くん。」
と、顔を上げた。

「え…斉藤さん?」

俺はそのまま言葉を失う。
だって、他の女みたいに化粧をしたスカイがそこに居たのだから。

厚く塗って隠しているけれど目の下は隈だし、右頬には吹出物も1つあるし、何だか疲れている。
けれど、階段を駆け上がるようなスピードで耳までも朱に染めるとスカイがかわいらしい声で言った。

「あぁ、メイク下手だからあんまり見ないで。」

体ごと顔を背けるのを見ると、俺の本能が噴き出しそうになる。

「いや。髪下ろしてるの初めて見たから。」

俺はスカイの髪に触れる。
予想より柔らかくて、残念なことに少し着色してある。

「イヤ!」

けれど、気付いたスカイによって手の中の髪は奪われてしまった。

「本当に島津くんは、噂通りね。」
「噂?」
「うん。就業中でも関係なく、資料室で月替りで社内の女の子とっかえひっかえしてるって。」
「え、心外だなぁ。…俺、そんなに遊んでないよ。」

──茶化して言うけど、ショックだ。俺は身奇麗だ。いつでも女に迫られるばかりなのに。

「今のすごく自然だったよ? 扱い慣れてそう。」
「そう…見える? じゃあ、俺と遊ぶ?」

俺はスカイを囲うように壁に手をついた。

「プライベートでは《俺》なんだね。意外。」

関係ない話をしながらも、スカイは細い首も少し開いた襟元も真っ赤だ。
コレは、意識してもらえてるのか?

「ねぇ、どうして最近変わったの?」

当たり障りないことを訊きながらスカイを見下ろせば、スカイは下から見上げてくる。

その上目遣い加減に心臓を鷲掴みされ、熱が下半身に集まりつつある。

「私ね、今日の就業後、婚活パーティーに行くの。」

俺はショックを受けた。


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