なぜか、同期のモテ男に好かれてしまったのですが…

325号室の住人

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部長へのお使いを済ませ、いつもより少し長い昼休みを満喫した午後は、通常運転で定時に仕事を終えた。

ただ、帰る前に給湯室を覗けば、洗い桶に浸けられたままの淡いコーヒー色の水の中のマグカップのパンダと目が合ってしまい、
「はぁ…」
1つ溜め息を吐くと手首のボタンを外して袖を捲くった。

ちょっとイラッとして極少量の食器用洗剤で食器を洗い始める。

──除菌するには足りない分量しか使わないことで、腹でもくだしてしまえばいい。

ちょっとした呪いをかけながら、いつから替えてないのか記憶がないスポンジで洗い進める。

イラッとしたからって地球に非はない。
多量の洗剤を下水に流すとどうなるかを考えてしまう自分の真面目さを心の中で嘲笑いながら、黙々と作業する。

洗い終えたマグカップのパンダを水切りカゴへ逆立ちさせ、洗い桶の水も全て流す。

ガチャガチャンッ

洗い桶の底から小さな皿とケーキフォークが出てきて、昨日は外回りだった班長が島津のお土産ケーキを食べていたのを思い出す。

「朝から浸け置きしっぱなしなんて、どれだけ無精なのよ! はぁ!」

強く息を吐き出すと、テキパキ洗って洗いカゴに立て、布巾で辺りを拭って絞ってパンッと広げて干し、自分も簡単に手を洗うと、ハンカチで拭きながら給湯室から外へ出…

「ふぎゃ」
「ごめっ」

空は急に壁にぶつかって足を止めた。

「斉藤さん、大丈夫?」

空は慌てて眼鏡を確認した。
特に破損はないようでひと安心だ。

「大丈夫です…ね。」

眼鏡を掛けて顔を上げると、同期の島津が腰を屈めて空の顔を覗き込んでいた。

「そう、良かった。実は僕、昼に使ったの忘れてて…あ、あれだあれ。斉藤さん洗ってくれたの? ありがとう。」

自分だけに向けられる島津の笑顔は心臓に悪い…

「い…いいえ。」

空は顔を背けると、それだけやっと答えた。

「失礼。」

島津はそう言って空の横を通ると、例のパンダのマグカップを手に取る。

「それ?」
「そ。この間、小出さんが割っちゃったって言って、今日わざわざ資料室に呼び出されて新しいのくれたんだ。」

──あの時の……カップに見覚えがないはずだわ。

「そうなの。」
「あ、確かに、男が使うにはちょっとかわいすぎるよね…
あのっ、もし良かったら、今度一緒に買い…」
「いやいやいや、良いんじゃないかな。それより、残業なんでしょ。もう戻った方がいいよ。それじゃ!」

もし島津のマグカップが違うものになっていれば、ネイラー部隊の最年少部員の小出さんはじめ、すぐ上の上司以下ネイラー部隊全員からまた余計な仕事を回されることはわかりきっていた。

だから、島津が頬にピンクのハートを付けたパンダのマグを使っているの図がいくらシュールだったとしても、自分の周りは平和を望む空としては、小出さんセレクトのマグカップをボツにすることに賛同する訳にはいかなかった。

なんか、《一緒に》なんて何かに誘われたような気もするけれど…
島津なんかと《一緒に》出掛けるのは今後の社内環境を考えるといくらなんでも危険過ぎるし、きっと一時の気の迷いとか、ぶつかったことに対してのお詫びか何かだろうと思うから、この場は早く離れるにこしたことはないわ。

空は島津を振り返ることなく家路を急いだ。


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