なぜか、同期のモテ男に好かれてしまったのですが…

２

翌日の空は心身共に元気だった。
なぜなら……ここは割愛するが、とにかくどの話も良かったからである。

始業からここまではタイピングもノッており、スムーズに仕事が進んだ。
昨日のようにイレギュラーにお土産が届くこともなく、空も空だけの仕事に専念できた。

ただ、もうすぐ昼休憩という時間帯のこと。

部長への書類を持たされて１つ上のフロアへ行くことになった。

「はぁ…」
空はこそっとため息をこぼすと、きちんと保存してからＰＣをシャットダウンし、席を立った。

すぐ上の上司には、そのまま昼休憩に入って構わない旨の言質は取っている。
職場から何も持ち帰ることのない空の通勤鞄という名のお財布ポシェットを斜め掛けにすると、書類束を胸に抱いて階段へ向かった。

基本的に、社内のフロア間移動は階段が推奨されている。
ただし誰も守らず、ほとんどの社員がエレベータを利用している。

入口のゲートの先にはエレベータしかないためエントランスから各部署まではエレベータを利用しているのもあって、また、すぐ上の上司を筆頭としたオシャレ軍団が汗をかきたくないからエレベータばかり利用している…というのもある。

まぁ、言ってしまえば空は真面目だった。

名前が空スカイなんて、キラキラネーム過ぎる！　反抗期には何度親に文句を言ったことか。

まず性格が地味である。
なのに名前でイメージされるのは、パリピなギャル。
《顔を見ては溜め息を吐かれる族》の、肩書きもない平社員、化粧っ気のない眼鏡っ娘、それが空だった。



空の所属する総務部から廊下へ出ると、島津の所属する営業部の扉の前を通って、資料室の扉の前を通れば階段がある。
できるだけ早く用事を終わらせて昼休憩を長く取ってやると意気込んで早足で通り過ぎようとした時だ。
　
資料室の扉が開いているところに行き当たってしまった。
シマッタと思っても遅い。
空が行きたい階段へはこの廊下だけなのだから。
あとは、中に居る人物に気付かれないようにすれば、そこまでのダメージはないだろう。

通り過ぎる瞬間…

「島津主任んっ…」

同じ部署で現在２年目の小出さんの、飲み会で乾杯を終えた30分後の甘い声がした。

実はこの部屋は、島津灯あかり（同期・♂・既婚）の逢引の場だ。

──そうか。今月は小出さんか。

ひと月限りなのか、それとも長続きしないのか、それでもモテるから月替りで相手をとっかえひっかえしてるらしい。

墨を溢したような真っ黒の髪がサラサラで触ってみたい、純日本人だと言ってたけれど少し色素の薄い瞳でミステリアス、長い手足に高身長でスーツがよく似合う、営業職でトークが面白いなどなど…
モテて手が早いワリに社内の女子の印象は良く、彼の話が出ると必ず『一度で良いから付き合ってみたいわぁ…』で終わる。
それが島津だ。

かくいう私も、同期として初めて間近で笑顔を見てしまった時にはウブな娘のように思わず頬が染まった。

でも、左手の薬指にリングがはまっているのを見た時、始まりそうだった恋はその瞬間消えてしまったのだけど。