【本編完】しがない男爵令嬢だった私が、ひょんなことから辺境最強の騎士と最強の剣の精霊から求愛されている件について A-side

325号室の住人

文字の大きさ
上 下
30 / 49
本編

  30

しおりを挟む
 キン! キィン!

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。リベルテが戦う姿を、シンジュは見ている事しか出来なかった。カイリに殴られたところがじくじくと痛み、思うように体が動かせない。それでもシンジュはリベルテの為に何が出来るかを必死に考えた。このまま見ているだけなんて嫌だ。自分の為に戦ってくれているリベルテの手助けをしたい。

 シンジュがそう思っている間も、二人は激しい戦いを繰り広げていた。どちらも本気で相手を殺そうとしている。初めて見る命のやりとりに、シンジュは恐怖した。リベルテの事を信じている。勝ってほしいと思っている。けれど、不安は消えてくれず「もし、リベルさまが負けたら」と最悪の結末を考えてしまった。一瞬でもそんな事を考えてしまった自分が許せなくて、シンジュは首を横に振った。

「何か、僕に出来る事……リベルさまを、助けなきゃ……」

 痛みを我慢して立ち上がり、シンジュは二人が戦っている場所を注意深く見た。二人から少し離れた場所で、きらりと何かが光る。その光を見たシンジュはカイリに気付かれないよう注意しながら近寄って、光っていたものを拾い上げた。

「シズク! 良かった。すぐに助けるから」
「キュウ!」

 リベルテに投げ飛ばされた時にカイリの手から離れたのだろう。光の正体はシズクが閉じ込められている瓶だった。カイリはリベルテに集中していてシンジュには気付いていない。力の入らない手に無理矢理力を入れて、シンジュは瓶の蓋を開けようとした。しかし、蓋はびくともしない。もう一度力いっぱい蓋を取ろうとするが、ピクリとも動かない。

 早くしないとリベルさまが……

 カイリが正々堂々と戦うとは思えなかった。彼は一度卑怯な手を使ってリベルテを殺そうとした事がある。シンジュを海に連れて帰ろうとした時も彼はリベルテを殺すと脅した。このまま戦いが長引けばリベルテが危ない。自分が不利になった時、カイリがどう動くか分からない。そんな不安や恐怖と戦いながら、シンジュは必死に瓶の蓋を開けようとした。

 キィン!

 金属の高い音が響いたのと同時に砂浜に剣が突き刺さる。それはリベルテが持っていた剣だった。丸腰になったリベルテに、ニタニタ笑うカイリがじりじりと近付く。シンジュは願うように力を込めた。

 お願い! 開いて! このままじゃリベルさまが、僕の大切な人が死んでしまう!

 ふわりと、優しい温もりに包まれた気がした。シンジュの両手に誰かの手が重なる感触。シンジュが不思議に思っていると瓶からキュ、と音がしてビクともしなかった蓋が僅かに動いた。シンジュは蓋を凝視して、直ぐに蓋を回した。あんなにも硬かった蓋はあっさり開いて、瓶の中に閉じ込められていたシズクが元気に飛び出す。その勢いのままシズクはリベルテとカイリの間に割って入り、強い光を放った。

「リベルさま!」

 目を開けられない程の眩しい光に包まれても、シンジュはリベルテの元へ駆け寄った。彼は駆け寄って来るシンジュをしっかりと抱きとめる。光は直ぐに消え、ザアッと雨が降り注いだ。その雨は温かく、肌に触れると溶けるように染み込んだ。染み込んだ場所からすうっと痛みが消え、傷が塞がっていく。雨が止んだ時には、シンジュもリベルテも全ての傷が癒えていた。

「ぎ、ぎゃぁああああああ! 痛い! 痛い痛い痛い! あぁああああああ!」

 突然、カイリの悲鳴が聞こえ彼の姿を見た二人は息を詰まらせた。綺麗な藍色の髪はどんどん色素が薄くなり白髪へ変わり、同じ色をした瞳も白く濁り、干からびるように体から水分が抜けて皺だらけ。一瞬で老人のような姿に変貌したカイリを見て、二人は何が起こったのか分からず、その場から動く事が出来なかった。





 凄まじい痛みと苦しみに襲われたカイリは、少しでもその痛みから逃れる為に砂浜をのたうち回る。しかし、その行為は更に痛みを増すだけで何の解決にもなっていなかった。

「神子殺しの烙印さ」

 変わり果ててしまったカイリを見ていると、突然誰かの声が聞こえた。二人がは声のした方へ視線を向けると、其処には深海の魔女と呼ばれている老いた人魚が静かに佇んでいた。感情のない目をカイリに向け「自業自得だ」と冷酷に吐き捨てる。

「烙印?」

 リベルテが恐る恐る聞くと、老いた人魚は頷いて話を続けた。

「簡潔に言えば神罰。神子の証を奪おうとした者、神子の力欲しさに神子を殺そうとした者は神子殺しの烙印を押されるのさ。烙印を押された者は神子を苦しめた罰として死ぬまで苦痛と絶望の中を生き続ける。自ら死ぬ事も許されない。苦痛と絶望の中、罪を償い切るまであの地獄は続く。当然の報いだよ。彼奴は散々神子殿を苦しめたんだからね」

 当然の報い。確かに今迄カイリがしてきた事を思えばそうなのかもしれない。しかし、シンジュは素直に受け入れる事は出来なかった。そう思っても、今のシンジュがカイリに出来る事は何もない。老いた人魚もリベルテも「気にするな」と言ってくれるが、シンジュはカイリから視線を逸らした。

 カイリから顔を背け老いた人魚を見て、シンジュはある事に気付いた。皺だらけの肌。縮れ傷んだぼさぼさの髪。濁った緑色の瞳。老いた人魚と罰を受けたカイリの姿は酷似していた。恐る恐るシンジュが「あなた、も?」と問うと、老いた人魚は一瞬目を見開いた。しかし、直ぐに表情を戻し「神子殿が知る必要はないさ」と告げて、痛みに耐え切れず気を失ったカイリを担いだ。

「コレは連れて行くよ。神子殺しの末路を見せれば、流石の人魚族も恐れて神子殿に手を出さなくなるだろう」

 老いた人魚はシンジュを悲しそうな表情で見詰め「今迄、済まなかったね」と謝罪した。

「え?」
「今度こそ、幸せにおなり。神子殿の幸せが、小娘の、ヒスイの願いだから」

 カイリを連れて海に帰ろうとする老いた人魚の腕を、シンジュは咄嗟に掴んだ。驚く人魚に、シンジュは縋るような目を向け「まって、ください」と言った。

「貴方が過去に何をしたのか、どうして罰を受けたのか、僕は知りません。聞くつもりも、ありません。でも、貴方は僕を助けてくれました」
「……これはワタシが選んだ道だ。神子殿には関係ない」
「確かに、僕が言っても意味は無いかもしれません。救えないのも、分かってます。でも、言わせて、ください。僕は……僕は、貴方を許します」

  シンジュが「許す」と言った直後、老いた人魚を暖かい光が包み込む。痛み縮れた髪は長く美しい淡い碧色に、濁った緑色の瞳は宝石のような青紫に。皺だらけだった肌は瑞々しいハリのある滑らかな肌に。光の中から現れたのは、男性とも女性ともとれる中性的な顔立ちの美しい人魚だった。

「え? 嘘!? 物凄く美人になってる!?」
「失礼な餓鬼だね。これが本来の姿だ」

 皺がれた声も美しい声に変わった。何が起こったのか分からず驚いていると、リベルテに失礼な発言をされ人魚は不機嫌な顔をして反論した。未だに信じられず口をパクパク動かすリベルテに、人魚は深いため息を吐く。

「よかった」

 神子殺しの烙印から解放された深海の魔女を見て、シンジュは安心したように笑った。控えめに笑う彼に感謝の言葉を述べ、人魚はカイリを連れて今度こそ海の中へ帰ろうとした。

「夜の神子が危ない。早くお行き。彼らは神殿に居る」

 バッと神殿の映像が空中に流れる。多くの騎士に囲まれたユリウスと夕、そして不敵に笑うシェルスの姿を見た瞬間、二人はシズクと共に急いで神殿へ向かった。

「後はお前の仕事だ。クラウス」

 去って行く二人を眺めながら、人魚は小さな声で呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】トレード‼︎ 〜婚約者の恋人と入れ替わった令嬢の決断〜

秋月一花
恋愛
 公爵令嬢のカミラ・リンディ・ベネット。  彼女は階段から降ってきた誰かとぶつかってしまう。  その『誰か』とはマーセルという少女だ。  マーセルはカミラの婚約者である第一王子のマティスと、とても仲の良い男爵家の令嬢。  いつに間にか二人は入れ替わっていた!  空いている教室で互いのことを確認し合うことに。 「貴女、マーセルね?」 「はい。……では、あなたはカミラさま? これはどういうことですか? 私が憎いから……マティスさまを奪ったから、こんな嫌がらせを⁉︎」  婚約者の恋人と入れ替わった公爵令嬢、カミラの決断とは……?  そしてなぜ二人が入れ替わったのか?  公爵家の令嬢として生きていたカミラと、男爵家の令嬢として生きていたマーセルの物語。 ※いじめ描写有り

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...