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本編
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しおりを挟む「おはようございます。」
辺境伯邸到着の翌朝から、私の仕事は始まった。
私の仕事は、朝日が昇る前に起床→身支度を済ませて本邸に向かい、廊下のカーテンを引いて歩くこと。
下から回る同じ当番の者と落ち合ったところで、今度はテーブルセッティングをして、給仕して、辺境伯家の皆様の朝食を見守れば、やっと自分たちの食事のため、使用人の待機室へ向かえるそうだ。
この辺境伯邸に住んでいるのは、夫人とご息女様その3。
それから、辺境伯様とご息女様その1とその2は、辺境の砦と騎士団の詰所と本邸を、3日交代のローテーションで回っているらしい。
ということで今日は、辺境伯家のご息女様その2が本邸にいらっしゃる。
ちなみに、辺境伯邸は二階建ての洋館だ。
お住まいの方々の服装は大正時代とでも言うのか、上は着物、下は袴。
ただし、いわゆる《はいからさん》みたいなスカート状のものではなく、男性も女性もお洒落な剣道着といった形でズボン型の袴を穿いている。
私達は、神社でアルバイト中の巫女さんみたいな《いでたち》で、侍女仕事をしているのだけど、中には《どうしてバイト決まった後でその色に染めたの?》という感じの地毛を持つ人も居て、前世の記憶が邪魔をして、頭が素直に受け入れてくれない人もいる。
私? 私はね、元々茶髪だったのが、10歳過ぎから年々髪色が薄くなって、今現在はゲーム主人公の男爵令嬢特有のピンクがかった金髪よ。
まぁ、何を着ても《ハロウィンコスプレ》にしか見えないから諦めて、普段は見えないのをいいことに、すっぽり頭から抜けていたりする。
さて。
今日こちらで朝食を召し上がるのは、ご息女様その2・3と夫人ね。
最初にいらっしゃったのはご息女様その2。
従兄弟であるライド様によると、お名前はアスカ様と仰るそうだ。
女性だけど男性の纏う紺を基調にした、剣道部の練習着のような形の服装に髪をうなじ辺りで一つにくくっている。
ツリ目がちながら少し幼さを感じる大きな瞳は、壁際で空気をしている私をギロリと睨み、
「ライの相手は、昔から姉上だと決まっているのに!」
と言った。
ドクンッ
心臓が縮み上がるとでも言うのか、背筋がスッと冷える。
「あら、何をしているの? 壁に向かって。」
振り返ったアスカ様は
「母上! おはようございます。そうでした。私は壁に向かって何を…まぁいいか。食事を始めましょう。」
《壁》と言いながらもう一度こちらを睨み付けると、食卓につく。
食卓は、ライド様のご実家と同じ洋室。
カトラリーも箸ではなくフォークにナイフにスプーン。
食器も茶碗やお椀ではなく、カフェオレボウルとワンプレートに盛った玉子料理にサラダと分厚いベーコン、フレンチトーストで、とても優雅な朝食風景だった。
私は初日だと言うことで、見ているだけで良いと言われて壁と一体化しているのだけど…
お二人の食事は淡々と進み、そのまま何事もなく終了した。
食事の済んだ夫人とアスカ様は立ち上がった。
その時、夫人がレースのハンカチを落とされたので拾うと、夫人の斜め後ろに跪くと無言のまま捧げ持った。
すると夫人は立ち止まるが、こちらを振り向きもしない。
「あら、ハンカチがひとりでに戻ってきたようね。けれど、このわたくしが、床に落ちたハンカチに触れるとでも? お前は廃棄処分よ。」
すると振り向きざまに夫人が手に持っていた扇がハンカチごと私の手を叩いた。
「ふん!」
夫人は踵を返すようにスタスタと退室する。
「ククッ!」
アスカ様は蔑みの視線を向けつつ退室した。
扉が閉まると、私はやっと詰めていた息を吐き出すことができた。
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