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しおりを挟む「貴方は、本当に優しい人なのね。あの時も、とても辛そうに見えたわ。」
「あれは!」
「ん?」
首を傾げながら彼女は言うと、ポケットから取り出したチーフで僕の顔を拭ってくれ、最後にはそれを鼻に押し当て、
「はい、チーン。」
鼻もかむハメに……
彼女の視線に耐えきれず、僕は恥を捨てて鼻をかんだ。
せめて汚物となってしまったソレは回収しようと、ポケットから先程の綿のハンカチを取り出し、包むようにして彼女の手から取り上げた。
そのまま丸めてポケットに突っ込むと、ズボンのポケットからまた別の清潔なハンカチを取り出し、魔法で少し濡らすと彼女の手を包むようにして、きっちり拭った。
「クククッフフフフフ……」
彼女は、僕が真面目に作業する向こう側で、ずっと笑い声を立てていた。
僕は、また別のポケットからハンドクリームを取り出し、彼女の掌に薄く伸ばす。
その後も、爪を磨いたりマッサージなど反対の手も含め一通りのケアを終えると、
「ありがとう。前回と同じく、素晴らしい手際だったわ。」
と言った。
実は、前回も一度だけこうした手のケアをしたことがある。彼女はそのことを言っているのだろう。
憶えていてくれたことに、少し胸が温かくなる。
「今回は、前回よりも使った手をしていらっしゃいますね。」
正直な感想を伝えれば、
「そうね。たぶん、両親にも前回の記憶があるのではないかしら。私の興味を持ったことを、何でもやらせてくれるの。
今回の私には弟が居てね、お世話もさせてもらってるのよ!」
「それは……」
──僕は弟さん枠ってことですか?
僕が顔をあげると、彼女は得意気な笑顔を浮かべている。
等身大の女のコらしい笑顔は、とてもかわいらしい。
僕は、前回好きだった人に再び恋に落ちてしまい、言葉を失う。
「私たちは生きているのだし…人生は楽しまなくては!」
彼女は輝いていた。
僕の瞳には、それがとても眩しく映る。
やはり彼女は遠い人だ。
僕なんかと違って前向きだもの。
それに今回の僕は身分としても遠い。クラスも違って距離も遠い。
気付いてしまえば、何だか寂しい気持ちになった。
「貴方の心配は、尤もよね……」
気持ちが表情に出てしまって返答できない僕について、彼女なりに思うことがあったようだ。
「でも私はもう、あの方のことは好きではないわ。婚約者でもないし、あの方は無事に運命の方との《真実の愛》に出会ったようだもの。
安心して。もうあんなことはしないと誓うわ。
だからもう、気負わなくていいの。あなたも自由よ。」
「自由…?」
彼女は仰々しく頷く。
「私のことはもう、忘れて構わないわ。剣を持ちたいなら…」
「それはできません! 僕はもう、好きなあなたの胸に剣を突き立てるなんて……」
すると、僕は頭を抱き込まれた。
「大丈夫。大丈夫よ。」
彼女の声が頭上から響き、彼女の手に後ろ髪を梳かれた。
「トラウマよね? ごめんなさい。でも大丈夫よ。そんな心配はもうないの。」
僕は震える手で彼女の背中にしがみつき、彼女の心音に耳を澄ませた。
確かに力強い心音が聞こえて、彼女の生命を、生きているという実感を得ることができた。
「優しい貴方の心に、こんなにも深い傷を負わせてしまったのね。本当にごめんなさい。ごめんなさいね……」
彼女は、僕の震えが止まるまでそのまま僕の背中を撫でてくれた。
僕は、彼女にすっかり甘えて、抱き着いてしまった手をなかなか離すことができなかった。
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