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しおりを挟む短い衣擦れの音の後に聞こえた、自分を呼ぶ声がした後、カツカツとヒールを高く鳴らしながらやって来た人物に、口元から呼吸音を確認され、手首を握られた。
それは、初めてポーライルが男性だとわかった日に、殿下に対してポーライルがしていたのと同じ動きだった。
そうか、自分は体の自由を奪われて横たわっている。
つまり、生死を確認されるような状態にあるのだ。
アンリは、どうにかして自分がピンピンしていることを伝えようとした……が、体は動かせない。
気合いでどうにかと思っていた時だ。
『そんな…まさか……』
きっと、ずっと安静でいたからだろうと思いたい。
どうやらアンリの鼓動は、かなりゆっくりとしていたのだろう。
『そんな……アンリ! いやだ!!』
アンリの体は、ポーライルによって、激しく揺さぶられた。
「アンリ! アンリぃ!!」
ポーライルは叫ぶ。
アンリの右手を強く握る。
握りながら、再び脈をとる。
しかし、微弱なのか、それとも旅立って間もないのか、体はまだ温かいが、脈が触れるのを感じることはできない。
「アンリ! いやだ。私を置いて行かないでくれ!!」
ポーライルは、今度はアンリの胸に耳を当てる。
セイド国式のドレスは、コルセットがないシンプルなデザインだ。
ドレス越しにだが、お胸の谷間に耳を当てる形となる。
しんと静まり返っている室内…
ポーライルは、アンリの胸の音に集中した。
アンリは、ポーライルにされるがままになっていることに厭きていた。
彼は、自分がもう儚くなってしまったかのように、あるいはその境にいるかのように、引き戻そうとしていた。
胸の音を聞きたいのか、胸にポーライルの耳が当たる。
よく聞こえないのか、胸をグリグリとされていて痛かった。
──もう止めろ!!
アンリは、ポーライルを自分の上から退かしたいと、掴まれていない方の左腕に、力を込めた。
トクンッ
──聞こえた!
トクンッ
「アンリ! 帰ってきてくれた!!
婚約者候補の女性なんてどうでもいい! アンリ! ずっと一緒に……」
「うおぉぉぉォォォーーーーー!!!!!」
雄叫びのような声の直後ポーライルは背中側から服をガシッと掴まれ、そのままソファの後ろ側へ宙を待った。
「ハァッ…ハァッ…ハァ……ハァ……」
アンリはムクっと起き上がると、呼吸を整える。
そこへ、慌てるような足音が5人分程聞こえ…
パンッパンッパンッパチパチパチ……
「いやぁ、流石はスプリンジャー辺境伯家。ハハハハハ……」
「キール…お前という奴は!」
「フフフ…懐かしい展開だろう? 学生時代を思い出すだろう? ハハハハハ…」
「お前…自分の息子だろうに……」
「だが、やっとこの血を我が一族に加えることができる。
それに、見ていただろう? 我が息子は、アンリ嬢に首ったけだ。」
「直後に娘にふっ飛ばされたがな……」
「ガハハハハハ…」
そこで、やっと呼吸の整ったアンリは言った。
「父上……こちらの男性は何者なのですか?」
と。
「コレは私の従兄弟で、セイド国の侯爵家の当主、キーライル。
王家の影と呼ばれる諜報を担う一族で薬師でもある。
セイド国で《悪魔》と言えばこの男だ。」
「では、ポーライルは?」
「あぁ、私の息子で今のところの次期当主。
そして、君の婚約者だよ。アンリ嬢。」
目の前の《セイド国の悪魔》は、アンリに微笑んだ。
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