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しおりを挟む辺境伯が案内されて、かれこれ1時間という頃…
屋敷のドアが開き、再び家令がやって来て、ポーライルは屋敷の内部へと案内された。
今日は前回シード国の修行から戻ってきた時に案内された食堂ではなく、サロンに案内された。
昼間は明るいであろうそこは、少し薄暗く感じるように足元のみを照らす間接照明だけが、ぼんやりとした光を放っていた。
「失礼致します。」
家令はポーライルをサロンまで案内すると、深々とお辞儀をして去って行き、その場はポーライルの他には誰も居ない……使用人さえ居なくなった。
辺りはすっかり夜で、庭に面した天井と壁が全て硝子でできているサロンからは星空が見える。
──この屋敷にも、こんな場所があったのか……
ポーライルは少しだけ顔を上げ、硝子越しに星空を見上げた。
その時、足の長い流れ星が煌く。
「アンリ……会いたい。」
ボソリと呟いた声は、しんと静まり返ったサロンに溶けるように消えた。
「ふぅ…」
ポーライルが溜め息と共に振り返った時だった。
まるでポーライルを見るために置かれたソファに、1人の女性が横たわっているのが見えた。
その女性は、この薄暗いサロンでは、ポーライルが会いたかった人物に酷似している。
ソファに横たわる女性は固く瞼を閉ざし、永遠の眠りについてしまったかのように両手を胸の上で重ねている。
照明のせいか、顔色も良いようには見えなかった。
「…………アン、リ…?」
ポーライルはボソリと呟くと、女性の元へ駆け寄る。
首元のチェーンを引き寄せれば、自分が贈ったピアスが出てきた。
目の前に横たわる人物は本物のアンリだった。
アンリが周囲の気配を察しながら、目を閉じていることに飽きた…ものの瞼は自分の意志で上げられず、
──もう、本気で寝ちゃおっかな?
なんて思い始めた頃、この部屋に2人分の足音が聞こえた。
カツン…カツン………
1人分は、騎士の乗馬ブーツのような音。
もう1人分は、訓練を重ねた熟練の…諜報を生業とした、体重の軽めの人物の、こうして目を閉じて耳を澄ましていなければ聞き逃してしまいそうな音だった。
パタムッ
『失礼致します。』
訓練の末、音がしないように扉を閉めた音がすると、
カツン…カツン………
アンリの頭側を足音が通過して行った。
その時香ったのは、父でもその知人男性でもなく…
アンリの脳裏に浮かんだのは、先日森で頭を庇ってもらった時の、セイド国第2王子のラティアス殿下のこと。
しかし、香水は確かに殿下のものだが、ベースになっている汗などの体臭は、殿下のものとは違う気がする。
しかも、嗅ぎ覚えのあるような……
アンリの頭がフル回転して正体を突き止める前に、
『アンリ……会いたい。』
聞こえたソレは、アンリが最も聞きたかった男…ポーライルの声に似ていた。
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