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1人暮らしを決意していた、18歳頃

山の上の神殿と聖女の役目

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あっという間に誕生日のある夏が来て、私は一般的な一人前の年齢の18歳になったわ。

けれど、せっかく隣国からの侵攻が収まったのに、今年は普段の年より雨が多くて…
代替わりして初めて1人で儀式を行なう《雨呼びの聖女》が特に雨の精霊に気に入られている娘だったらしくて、期待に応えられ過ぎてしまうとか。

国中のどこも大雨で、そうしてまた山の上の神殿が避難所になったの。

麓の村に隣村、反対側の隣村、その隣の村と、たくさんの人たちがこの山の上の神殿へやって来たわ。
でも、私とウルにできるのは、礼拝用のベンチを1家に1台使ってもらうことと、備蓄の食料を分けることくらいしかないの。

前のことがあって以来、冬もこの神殿で過ごすことになったから、冬の備蓄は多いのだけど、今はまだ冬ではなくて…
本当に申し訳なかった。

だから女神像の前で『祈りの歌』を歌ったの。
そうしたら、雨でジメジメとしていた神殿内が、春の野原みたいに爽やかな空気になったの。
避難中にぐっしょりと濡れてしまっていたみんなの服も、洗濯乾燥機に入れたみたいに乾いたし、汗や泥でベタベタとしていたみんなの体も、お湯で絞ったタオルで拭いた程度にはさっぱりとしたの。



そしてその日の夕方だった。

山の上の神殿の転移陣でやって来たのは、元聖女だと言う、この領地の領主夫人だったの。

まずは女神像の前に跪いて祈ると、私のところへやって来たの。

「《歌姫聖女》、今回は我が領民たちがお世話になりました。貴女のお陰で現在我が領地は《女神のドーム》に被われ、雨が止んでおります。」
「え…?」
「確かに、セアリアが歌って結界に被われたからか、雨の音は聞こえなくなったな。」
「ただ、彼らの住まいは水に浸かり、今すぐには家へ帰ることはできません。」
「そんな…」
「そこで、元気な者達は領主邸へ避難させるよう、中央から支援物資が届きました。
私はこれから、彼らを領主邸へ避難させます。」

領主夫人は今度は避難してきたあちこちの村々の人たちへ向き合う。

「皆さん、わたくしはこの領主の妻です。
皆さんを、これから転移陣を使って領主邸へ避難させます。
ただ、気分の悪い方や持病のある方、こちらへ来る途中でお怪我をされた方は、こちらへ残られて大丈夫です。」

領主夫人が言うと、あちこちで立ち上がる人たちがいた。
彼らは領主夫人が連れてきた魔法師が先導して、転移陣のある部屋へと連れて行った。

「なお、この後は中央神殿より《癒しの聖女》が各地の神殿を巡回されるそうです。
領主邸には領主邸付の《癒し手》しかおりませんので、領主邸へ移動される方は無理せず自分で歩ける不調のない方だけになさってください。」

領主夫人はテキパキと誘導し、あっという間に神殿内の人間が僅かになった。

私は、以前救護所の役割をしていた時のように礼拝用のベンチをベッドのように組み、具合いの悪い方達を寝かせてやった。
付き添いの方にも1人に1台のベンチを行き渡らせることができて、ひとまずホッとして、私もやっとその場に座ることができた。

「《聖女の御業》を皆のために、ね。」

元聖女だと言う領主夫人はそう言うと、少し疲れた表情をして転移陣に乗り、山の上の神殿から発った。



暫くすると、ウルが皆にお茶を配っているのに気付いた。

温かな飲み物は不安そうにしていた皆の顔に血色を戻し、頬を緩めさせた。

最後に私のところにやって来たウルは、私の手を引いて自室まで連れて行ってくれた。

「セアリア、少し休んだ方がいい。自分が休まなければ、《女神のドーム》を保てないだろ?」
「《女神のドーム》?」
「そう。お前が女神に『祈りの歌』を捧げると、女神がここら一帯を結界で被うんだよ。それを、中央の連中が《女神のドーム》と名付けたんだと。」
「そうなのね…」

ウルは急に私の口に指を押し当てる。
口を開けば、口内が一瞬甘く感じた。

「ここで少し目を閉じて、体を休めておけよ。何かあれば、すぐに呼びに来るから。」

ウルが扉を閉めると、私はそのまま眠ってしまった。


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