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ギリアン神官(爺)と山の上の神殿

山開き

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目が覚めると、周囲は一面の花畑のような淡桃色と白の空間だった。
カーテンの隙間からは僅かに陽の光が入っている。
私はいつものクセで窓辺に近付き、窓を開けると…
ブンッブンッと重いものが風を切る音が聞こえてきたの。

朝と呼ぶにはまだ早い時間帯。
見下ろせば、ダドゥが剣の素振りをしていたわ。
前はド近眼だった私も、今は環境のせいか視力が良いの。
上からでもダドゥの剣筋がよく見えたのだもの。

そうこうしているうちに昨日の女将が現れ、完全な空腹の状態から《聖女のローブ》への着替えに入った。
聖騎士であるダドゥの昨日の服と同じデザインで、純白に金の縁取りの、丈の長いワンピースみたいな…
これは、孤児院のコンサートで着たワンピースとは別の白なんだなっていう、上等な、でも軽い生地でできていたの。
それに、セアリアになって初めて見るストレッチ素材だったの。

この世界にはいろいろな種類の聖女がいるし、《雨呼びの聖女》や《竜使いの聖女》なんかはかなり動くからね。全部の聖女の共通の衣装なんだそう。
女将はこれまでに何度も聖女のお仕度を手伝ったことがあるのですって。

ローブの下に着るワンビースと、髪だけ綺麗にしてもらったところで軽食を食べると、階段を下りてしまってから最後の着付けをしてもらって、馬車までを歩いたの。

チャペルから出てきたばかりの新郎新婦みたいに盛り上がる町の人々に囲まれながら、ダドゥの背に守られながら馬車に乗ったのは、今朝起きる直前まで見ていた夢とリンクしていて不思議な気持ちになったの。

ギリアン神官が乗れば、馬車が出発したわ。

馬車の中では、ギリアン神官から私の仕事の説明をしてもらったの。

まずは、山の上にある神殿へ続く道の雪を溶かして山開きをすること。
これは、神殿に到着したら女神様に歌を捧げるのですって。
歌い慣れた『芽吹きの歌』が良さそうということになったわ。

次に神殿に住んでギリアン神官と一緒に聖女について学んだり、聖女の暮らしについて学んだり、実践してみたり。

それから1番大事な仕事は、周りの田畑に毎朝歌を聞かせること。それで聖女の力の使い方の練習になるんですって。

そうして話を聞いているうちに馬車で進めるギリギリに到着したの。
ダドゥが、自分と私にかんじきを装着する。
ギリアン神官は?と思っていると、背負子のようなものにギリアン神官を乗せ、私と並んで歩き始めたの。

私は道々、『春を祝う歌』を発声練習代わりに口ずさんだわ。
だってね、ギリアン神官は喋らないし、ダドゥの静かな呼吸音しか聞こえないんだもの。
暇なのよ。

でも、そうしたらね。

「歌姫聖女様ァ、神殿までの雪がキラキラと光ってどんどん溶けています。
こんなに広範囲でお力を使っては、お疲れになってしまうのではないですか?」
「大丈夫よ。鼻歌みたいなものだし、発声練習をしないと。」
「そうですか?」
「えぇ。それに、私も歩きやすくなっていいわ。」
「おぉ! これまで歩いてきたところも水が流れるように溶けておるぞ!」

背負子の上で後ろを見ていたギリアン神官が言う。

「ギリアン翁、かんじきを外すので少し下ろしますよ。」
「わかった。」
「ついでに少し休憩しましょう。」

背負子を下ろしたダドゥは、胸側に背負っていた大きな荷物を下ろし、中から出した大きな布を広げた。
お茶を注ぎ、焼菓子を出して手渡してくれる。

布の上に腰を下ろすと、慣れない雪道の移動で意外と疲れていた事に気付く。
畑仕事の休憩時間よりもボーッとしてしまったけれど、焼菓子と温かいお茶が体にしみて行くようで、思ったよりも回復できた。

さて後半戦。
ギリアン神官を背負子に乗せたダドゥと一緒に頑張って歩いた。
でも鼻歌は忘れない。
歌うだけで体が軽くなるような気がするから。

そうしてやっと到着した神殿。
けれど開いてすぐは大掃除をすることになり、女神様に歌を捧げられるようになった頃にはすっかり夕暮れ時だった。



私とダドゥが大掃除をしている間にギリアン神官が祭壇を整えてくれた。

その祭壇の前で、女神像に向かって『芽吹きの歌』を歌う。

今回は伴奏もなく最初から1人だけれど、いつものクセでソロの時には目を閉じた。

どうやらその間に、女神像が光ったり女神像が涙を流したり、祭壇が光ったり、神殿の周りであちこち芽吹いたり、いろいろあったらしい。

その間の私は、女神様と会話をしていた。


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