上 下
4 / 43
孤児院での暮らし・11歳

歌姫聖女の力

しおりを挟む

「聖女様…歌姫聖女様、ご気分が優れませんか?」

気付いたら、鍬を抱き締めた大男が背中を丸めて私の顔を覗き込んでいる。

「あぁ…大丈夫よ。」

顔を上げたら、まるでキスでもできてしまいそうな距離に大男の顔があって思わず飛び退いたの。

「危ない!」

次の瞬間に私は大男に抱き締められており、鍬は小さい子達が種蒔きをした真上に柄を落としたの。

「「あーーーー!!!!」」

小さい子達は、もちろんその光景に声を発するわね。
そして顔が歪んで行き…………

私は、その直前に大男の胸を叩いて暴れると、いつも最初に泣き出す方の小さい子を抱き上げる。
もう1人も左腕に乗せるように抱き上げると、2人に話し掛ける。

「去年よりも、上手に種を蒔けるようになったのね。」
「うん! そうだよ。」
「でも、オジサンのクワが!」
「大丈夫よ。一緒に『芽吹きの歌』を歌いましょう。♪~」

私が最初のフレーズを歌えば、小さい子達も一緒に声を合わせた。
私達の歌が聞こえたのか、畑中に伝染するみたいに歌が広がって行く。

昨日の私のソロは、小さい子達に目配せすれば一緒に歌い始める。
そこへ、畝作りをしてた子や遠くで畑を耕していたウルもこちらへやって来て、コーラスをしてくれた。

最後のフレーズをみんなでハモって一緒に目を開けると、何故か畑が金色に光って見え、そして…

パチンッ…パカンッ……

畑から、音を立てながら芽吹きが始まっていた。

小さい子達を地面に下ろせば、楽しげに踊りだす。

「「うわぁ~!」」
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
「うん!」
みんなも大興奮で笑顔になっていた。

ただし大男だけは、顎が落っこちそうになりそうに口をポカンと開いて、静かに涙を流している。

そこで私は、ウルに話したかったことを思い出した。
でも私が口を開こうとしたその瞬間、大男が大きな音を立てて私の前に身を屈め…いや、跪いた。

「『歌姫聖女』様……」

孤児院のみんなは大男の態度にその大きなかたまりを見下ろしてたけれど、飽きたみたい。

「歌姫聖女?」
「セア姉、聖女なの?」
「そういえば昨日も、セア姉のソロの時に初春薔薇がどんどん咲いてたもんね。」
「ホント、魔法みたいだったもん。」
「そうだよね。」
「聖女なんて、すごいね。」

孤児院の子達は、みんな興奮したようで概ね喜んでくれているみたいだったわ。
ただ私が一番に知らせたかったウルだけは、とても固い表情をしていたの。

私はそんなウルを見て、何だかとても嫌な予感がしたわ。
だから、次の瞬間にはウルの腕を掴んで、走り出していたの。



「ちょっ、どうしたんだよセアリア!」

畑から孤児院や小さな神殿を挟んだ向こう側まで走ったところで、ウルが私に声を掛けてきたの。
ウルが私の腕を振り解こうと振るから、私はやっとそこで立ち止まったわ。

私は振り返って、正面からウルを見つめた。
ウルはそんな私から視線を逸らしたの。

「ウルがおかしいからだよ。」
「俺が?」
私は頷く。
「私ね、『歌姫聖女』に認定されたのって、ウルのお陰だと思ってたの。私は歌が好きだし、この先も歌っていられるなんてとても幸せなことだと思って…
でも、ウルは喜んでくれてないでしょ? そういう顔してたもん!」

ウルは、しまったとか、バレたかとか、そんな表情をしていたわ。
でもその時、ウルの向こうにこちらへ走ってくる大男が見えたの。
だから私は、慌ててあの木に登ったわ。
それでウルに手を伸ばした。
大男が来る前に、私とウルはウルの昼寝場所へ隠れたの。

「ハァ、ハァ、居ない…。聖女様はどこへ行かれたんだろう……」

私達が乗ってる枝の下から大人の男の声がしたと思ったら、走り去る足音が聞こえたの。

「「ふぅ…」」

2人で同時に息を吐いて、それが何だか面白くて、2人同時に吹き出しちゃったわ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

(完結)嫌われ妻は前世を思い出す(全5話)

青空一夏
恋愛
私は、愛馬から落馬して、前世を思いだしてしまう。前世の私は、日本という国で高校生になったばかりだった。そして、ここは、明らかに日本ではない。目覚めた部屋は豪華すぎて、西洋の中世の時代の侍女の服装の女性が入って来て私を「王女様」と呼んだ。 さらに、綺麗な男性は、私の夫だという。しかも、私とその夫とは、どうやら嫌いあっていたようだ。 些細な誤解がきっかけで、素直になれない夫婦が仲良しになっていくだけのお話。 嫌われ妻が、前世の記憶を取り戻して、冷え切った夫婦仲が改善していく様子を描くよくある設定の物語です。※ざまぁ、残酷シーンはありません。ほのぼの系。 ※フリー画像を使用しています。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。

ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」 「……ジャスパー?」 「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」  マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。 「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」  続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。 「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」  

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...