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#3 夫の浮気を突き止めたら監禁された

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本当の絶望というのは逃げ場がない状況なんだと思った。


「ねえ、どういうつもり……?」


運転席の京介を睨みつけながらそう聞く。

「私の親になんて言ったの?」

京介は私の問いかけに答えず、黙々と車を走らせる。

それから、ぼそりと、

「真琴は心配しなくていい」

と言った。

「今はゆっくり、休んでくれ」

車が赤信号で止まる。


「答えて! なんて言ったの!?」


京介は虚な目をして笑っているだけだった。

私はスマホを取り出して、110番をダイアルした。

京介が狼狽えた顔をする。

「おい、どこに電話する気だ」

京介が私の手からスマホを奪い取ろうと手を伸ばす。

背後からクラクションが鳴る。
一瞬気を取られ、腕を掴まれてしまう。

そのまま、必死に抵抗したけど、結局スマホを取られてしまった。

京介はスマホ画面を確認すると私を睨み、通話をキャンセルする。

「ダメじゃないか……夫婦のトラブルに警察なんて」

「あんた、自分が何してるかわかってる?」

恐怖と怒りで頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。


「真琴は何も心配しなくて良い……」



「真琴が普通の判断ができるようになるまで、サポートするから」




今思えば、この時、全てを振り払って交番に駆け込んだり、民家に駆け込んで110番すれば良かったのかもしれない。

でも携帯も取られ、京介に腕をがっちりと拘束されていると、そんな気力もなくなってしまった。


「じゃあ、帰ろう。僕たちの家に……」

京介はがっちりと私の腕を押さえながらそう言った。

とにかく、今はスマホを取り返さなければいけない。


まさかこんな形でこの家に戻るとは思ってもなかった。

状況を整理すると、どうやら京介は私が「心の病」だと父や母に言い、
信じ込ませたらしかった。

両親は信じ込み、京介の浮気も私の「妄想」ということになっているらしい……


ふと、最悪な想像が頭をよぎる。

数日前、智子と会った時のあの不自然な態度……

もしかしてあれも……

はらわたが煮えくりかえりそうになる。

「スマホ返して」

私は京介を睨みつけて言った。

「落ち着いて、真琴。真琴はね、今、精神が不安定なんだ……」

心底同情するような顔で京介はそう言った。


「だから、これはまだ俺が預かっておく。真琴の精神が安定するまで……」

「良い加減にして! 私は病気なんかじゃない!」


我慢できずに京介に掴みかかる。

「自分が浮気したの誤魔化すためにそうみんなに言いふらしたの!?」

私がそういうと、京介は真顔になって私の腕を掴んだ。


「俺は浮気していない」


「……え?」

咄嗟に恐怖で体がすくむ。

「……何、言ってるの? 証拠だって……」

「うるさい!」

突然、京介が怒鳴る。


「全部、真琴の妄想なんだよ……俺は浮気なんかしてない」

「証拠なんてあるはずないんだよ、なあ」

京介は虚な目でそう言って笑った。

自分自身で……信じてこんでる……?

京介は、すでに取り返しがつかないほどすでに精神がおかしくなっていたのかもしれない……

その時はそう思った……




外との連絡手段を取られた時点で、私の敗北は決まってしまったのかもしれない。

じっと寝室の窓から外を見る。

ドアがガチャリと開いて、京介が部屋に入ってくる。

「ダメじゃないか、寝てなきゃ」


「……」

京介はそう言うと私をベッドへと連れ戻す。

「食事は? ウーバーでも頼む?」

私は首を横にふる。


「そうか……トイレは大丈夫か?  何かあったらいつでも呼んでくれ」


私に何もさせないつもりなんだ。


「会社なら大丈夫、『妻の精神が安定するまで看病する』と伝えて休暇をもらっているから」

京介はニコッと笑った。


「精神の安定ね……」

「ようするに、私が服従するまで部屋から出さないってわけ」


京介は真顔になって、

「……まだ被害妄想があるみたいだね」

京介にとって都合の悪いことは全部私の妄想になる。

怒りで視界が歪んだ。

でも、暴れたところで、「精神が不安定」という京介の言葉を証明しているみたいで、
それもできなかった。



かろうじて残された卓上カレンダーに1日が過ぎるごとに印をつけるのが日課になった。

こんな漫画みたいなことをまさか本当にすることになるとは……

でも、そうしなしと精神が保てない気がした。


漂流者みたい……

自分でそう考えて笑ってしまう。

どこにも行けないという点では同じかもしれない。





「お風呂、長かったね」

そう言って京介はバスタオルを渡してくる。

「ありがと……」


隙を見て絶対に脱出してやろうと思っていたが、やがてその気力も萎えた。


「食事、用意してあるから一緒に食べよう」

「……うん」


いつしか「いつか脱出してやろう」と思いながら、
京介の言葉に素直に慕い始める自分がいた。

そのうち、カレンダーに印をつけるのもやめていた。
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