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アンコール
しおりを挟む*アフィナシオ・ノートヴォルト*
王国歴後期の作曲家、ピアニスト、魔術師。
王立魔術学院(現在の国立魔術大学)にマエスティン候爵によって招かれ音楽教授を務める傍ら、精力的に作曲活動をする。
初期の作風は暗い物が多く、ピアノ曲の他室内管弦楽を多く残した。
特に室内管弦楽はグラスハープのために書き下ろした珍しいものもあり、その後の音楽家の発想に影響を与える。
魔律と魔奏の発展に大きく貢献し、当時理解されなかった彼の魔律理論は現在正しかったことが証明されている。
彼自身非常に繊細な魔律感度の持ち主で、不眠症だったと言われる。
魔律主義のノートヴォルトは若い頃は魔奏器のみ演奏したと言われるが、後述の音楽堂にあったピアノはコモンだったと思われる。
魔術師としても活躍したと言われているが、口伝が多く真相は不明。
経緯は不明だが旧ショスターク侯爵領返上の際に3か月ほど侯爵を名乗り、家系図(国立博物館ロイヤルコレクション蔵)にも“アフィナシオ・ノートヴォルト・ショスターク”の名があることから、彼自身も優秀な魔術師だった可能性は高い。出生の記録がないことから直系かどうかについては疑問視されている。
ただし、この家系によくあるように中性的な顔立ちで美しかったことも知られており、発見されたいくつかのスケッチャ―からはその様子が見て取れる。
当時最後の“魔王”が勤務先の学院にて観測される。直後に音楽教授を辞職していることから、何かしらの影響を受けたのではないかと推測されるが詳細は不明。
音楽教授を辞職した後、王都(現在の首都)の北部アッパーフォートの町で小さな学習塾を兼ねた音楽堂を建てる。自身の教え子で教員資格もある後の夫人と共に子供らにピアノを教え、多くの優秀なピアニストを輩出した。
結婚後は曲想が明るくなり、特に後のザント、フェレンツらの二大ピアニストへの影響は絶大だった。
自身も5人の子供に恵まれ、晩年は出身地と言われる北部の田舎町ブルークランプに移り住み、現在も当時のピアノと夫人の愛用したグラスハープと共に暮らした家が重要文化財として保存されている。
このピアノの鍵盤には魔術用チョークにより落書きがされており、それが楽譜の筆跡と同じことから彼自身が書いたものと思われる。
鍵盤番号41(C♯4)である黒鍵に“愛するコールディア”と書かれており、恐らく夫人の声がこの音階であったこと、愛妻家であったことが伺える。
代表曲は「チェロ・カルテット“至福の共鳴”」「グラスハープ四重奏」「追憶のカノン」「交響組曲第5番“激闘”」など。
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