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終曲 先生と私のピアノ・フィナーレ
しおりを挟む「意外・・・比較的綺麗…」
家に連れてこられたコールディアは、室内に入るなり開口一番そう言った。
甘い空気は消え去ってしまったが、部屋を物色する彼女の後姿をノートヴォルトまじまじと眺めた。
身長はそれほど変わらないようだった。体つきは旅行用のコートを着ているのでわからない。だがウェストで留められたベルトを見る限りスレンダーであることには間違いない。
きょろきょろと部屋を見回す彼女に「預かるよ」と言って脱ぐのを促すと、リボンと同じダークグリーンのワンピースに包まれた細いラインの体が現れた。
細かいプリーツのスカートは動くたびに揺れ、柔らかい布地は丸みを帯びた臀部を浮かび上がらせていた。
すっと伸びた背中から上に視線をずらせば、綺麗にアップされた髪のおかげでほっそりとしたうなじが露になっている。
こちらを向いて欲しくて手を伸ばそうとしたら、先にパッと振り向かれてしまった。
「先生、人間になったんですね!」
「君は僕をなんだと思ってたの」
「だって前の暮らしが酷すぎて…あ、このグラス可愛い」
コールディアがキッチンを見ると、多少の生活感があり安心した。きっとあの音楽堂にいた女の子たちのお陰だろう。
棚に置かれている食器は、曲と同じようにクラシカルなものを好む傾向にあるノートヴォルトらしくない、どちらかと言うとコールディアが好きな丸くて可愛いフォルムの物で統一されている。
全て2脚、2枚…と2人分が並んでいた。
「先生、趣味変わりました? まさかその顔に釣られて世話を焼きたがる女性がいたとか…」
「変わらないし、女性は君しか知らない」
なんだか「生まれてこの方愛したのは君だけ」と頭の中で変換されてしまい、恥ずかしくなってくる。
赤い顔を隠してリビングを見れば、かつて黒い世界にいた人間とは思えないような、春のような色合いのファブリックが並んでいる。これもコールディアの好む色。
以前は部屋の真ん中に鎮座していたグランドピアノとチェンバロはなく、壁際に大人しくアップライトピアノと、布のかけられた何かがあるだけだった。
「あれ? アップライトなんですか? チェンバロもないし。こっちの布はなんです?」
アップライトはグランドピアノと音質が違う。
魔律に煩い彼の音楽堂にあるピアノがコモンだったのも驚きだが、魔奏用とは言え響きが変わるアップライトが置いてあるのが部屋の何よりも意外だった。
「きちんと弾きたいなら音楽堂に行けばいいかなって。こっちは趣味的な感じかな」
「趣味…先生が趣味…同じピアノだけど…趣味」
「あとこっちのは…」
そう言って彼が布を取り払う。
そこには、強化クリスタルのグラスハープが置いてあった。
「なんで…」
「さすがにマギアフルイドは入ってないけど、それは水でも十分だし」
「いやそうじゃなくて…」
「あとこっちのピアノ。弾いてみな。もっと驚くから」
グラスハープだけで十分驚いているのに、まだ何かあるのだろうか。
コールディアは蓋を開けると、真ん中の鍵盤をポーンと1音だけ奏でてみる。
「うわ! 嘘、先生が調律の狂ったピアノ!?」
「なんでだと思う?」
少し茶目っ気のある表情でそう聞く。そんな顔知らない。会わない間に彼は本当に人間らしさを取り戻して来たようだった。
ピアノの音よりもそっちの方が驚いてしまうし、実を言うと泣きそうなほど嬉しいのを誤魔化すために、彼女はすぐ後ろを向くと短いフレーズを奏でて考えるふりをした。
「んー…この音ってカフェスタイルですよね…あのわざと調律ずらしておどけた音にするやつ…この音を聞いてるとラグタイム弾きたくなるんですよね」
彼女は自分で答えに辿り着いていることにも気づかず、適当に音を鳴らしながら本気で考え始める。
その後ろ姿をノートヴォルトは愛し気に抱きしめた。
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