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第29楽章 係恋パルティータ 2

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「お待たせしました…僕にご用ですか?」

「ご用です」

 そう言って振り向いたのは、記憶にある像とは随分違った様子のコールディアだった。

「ここがよくわかったね…」

「わかりますよ。だって先生がわかるようにしてたじゃないですか」

 ノートヴォルトは彼女の魔力が尽きかけた時、禁呪を使って自分の魔力を共有する儀式を行った。
 悪用すれば無尽蔵に魔力を供給することができてしまうこの術は現代魔術が完成される頃に禁呪指定されている。
 そしてこの魔力の共有は、やろうと思えばお互いの居場所や感情等、ある程度のことが感知できる。
 ノートヴォルトはコールディアの元を去る時に何も告げなかったが、コールディアは確実に彼と繋がっていることを体で分かっていた。

 茶色い髪を綺麗にアップにし、ダークグリーンのリボンでまとめ上げた美しく若い女性を、年頃の女の子たちは興味津々で見ている。
 顔が綺麗なくせに「恋人なんかいない」と言っていた先生の、一体何なのか。

「先生、なんで黙って消えたんですか。しかもこれ! フリーシャに見せてもらわなかったら一生見られなかったじゃないですか!」

「君たちそんな仲良くなってたんだ」

 いつの間にかフリーシャの名前に“様”が付かなくなっている。
 平民になった彼女に、「様なんてやめて」と言われてしまったのだ。
 フリーシャは事件後しばらく1人で落ち込んでいたが、コールディアが非常勤教師になる頃には以前の明るさを取り戻しつつあった。

「なんですかこれ! 物凄くかっこいいんですけど!」

 女の子たちが手元を覗くので、コールディアは見せてやった。
 途端に悲鳴みたいな黄色い歓声が上がる。

「君はまだ眠っていたんだ。仕方ないだろう。僕も嫌々だったし」

 女の子たちが順番で回している1枚のスケッチャ―には、かなり精度の高い筆使いでノートヴォルトとフリーシャの正装姿が描かれていた。
 爵位返上のためだけに国王に謁見する際に着た貴族の正装姿を、フリーシャが「絶対記念に描いてもらう!」と強情を張り、返上ついでに王宮に出入りするスケッチマンに描いてもらったのだ。

「先生…先生って貴族だったんですか?」

「かっこいい…どうしよう、今夜寝れないかも」

「これ欲しい! 誰か複写コピーできないの!?」

 騒がしい女の子たちからノートヴォルトがぴっとそれを取り上げると、非難めいた声が上がった。そしてそれをさらにコールディアが取り上げる。

「これは私の宝物にするので。先生、なんでこんな立派な建物建てちゃったんですか? 私の野望を取り上げないでくださいよ」

「フリーシャが有り余る財産を半分寄越したから…いらないって言ったのに。フリーシャは元気? ちゃんと生活できてる?」

「先生じゃないんだから生活できてるに決まってるじゃないですか。まあ私も色々教えましたけど…」

「そっか。それはありがとう…僕も今はそんなに酷い生活はしてないけどね」

「私たちが片付けますからね!」

「食事だって面倒みてますから!」

 女の子たちが自慢げに言う。

「自力じゃないじゃないですか…」

「だって勝手にやってくれるから…」

「いい大人が“だって”とか言わないで下さい。あ、そうだフリーシャからこれを預かってるんです」

 そう言うと彼女はトランクから小さなオルゴールを出した。

「なんか屋敷を整理するときに見つけたとか言ってました。思い出のものですか?」

「ああ…これはレニーがフリーシャにあげたものなんだけど、僕が落として1個鳴らない音があるんだ。物凄く泣かれて…お詫びに毎日のようにピアノで弾いていた」

 きっとその“毎日”もノートヴォルトが必死に獲得した演奏権の一部なのだろう。

「あー…あとはフレウティーヌの本です。“結界と人々の距離”。今彼女結界術師としてフリーシャと一緒に働いてます。どっちかって言うと研究? ほら、ここ見てください」

 最初のページをめくると、“恩師Nへの感謝を込めて”という一文の後に彼女のサインがある。

「ね、これ先生への捧げものですよ。読めばわかりますけど、適度な結界の使い方について…先生が言ってたやつですね。それについて書いてあります」

 今結界派は勢力を落とし、革新派と王党派が拮抗している。
 従来の増殖炉に頼った絶対的な結界に頼るのではなく、見つけにくい小さな魔物向けの結界が張られていた。
 大型は魔術師が直接赴くか、そもそも発生させないようにマギア・カルマの監視が強化されている。
 
 ノートヴォルトは渡された本を手にしたまま何も言わないが、はっきりとわかるようになった表情からは驚いているような雰囲気が伝わった。

「あとこれ、ラッピーのチケットです。再来月の公演」

「チケット?」

「え、先生知らないんですか。遅れてますよ。彼女今魔唱科の友達と3人で売れっ子の歌手です。フォノ・コインもどうぞ」

「嘘! ラッピーってあのラプソニアさん?」

「そう、あのラプソニア。聞いてもいいけど後で先生に返してね」

 女の子たちの数人がそれを持って別室に消えた。
 残りはまだノートヴォルトとコールディアの関係が気になるようだ。
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